「その気になれば速度は出せる。普段は身を固めている方が無難だからな」 ――斑鳩セツナ --------------------------------------------- |
今回は戦術の話よ。 |
わりとまともな話のようね…… |
そりゃ、まあ。 |
さて。 ヴァルキリーが臨む戦いの場というものには大別して三つが存在するわ。 |
一つは力を抑制するヴァルフォースでの試合。 |
一つは力が抑制されるLAA……低活性地帯の戦場。 |
では最後の一つは? |
縛りが何もない場所での戦いでしょ。 |
そう。ヴァルキリーが全力で力を発揮しての航空戦。 今回はそこでの戦い方についての話がメインね。 |
ガチンコの勝負ってそんなにする機会が多いものなの? |
それこそ所属国を取り巻く状況によるわね。 |
あっそ。 |
で、本気のヴァルキリーの戦いというのはほぼ確実に空を飛んでの戦いになるわ。 立ち回りの一つとして地に足を付けて戦う場合もあるけど基本的には航空戦よ。 |
あと試合と異なる点としては一対一よりも集団戦の方が多いということかしら。 |
そりゃそうよね。 |
とはいえ優秀なヴァルキリー、即ちエースの相手は並の子だと荷が重いから、互いに無駄な損耗を避ける為に一騎打ちのような状況に至る場合も結構あるんだけど、それはまあ脇に置いておきましょうか。 |
そして奇襲とかを除けばヴァルキリー同士の戦いは毎回似たようなプロセスを辿るの。 |
当たり前のことだけど距離によって戦い方は異なるものだから相対距離が縮まるのにつれてドンパチ具合も変わっていくわけ。 |
二つの集団が激突するとして、口火が切られるのはどのあたり? ヴァルキリーってその気になれば滅茶苦茶遠くも狙えるでしょ。 |
ええ。 でもヴァルキリーに対して当たり目があって、かつ撃墜が見込める距離となるとそれよりはかなり短くなるのよ。 |
通常兵器の感覚だと対艦ミサイルぶっ放す距離くらいかしらね。 だいたいその辺りからが交戦距離と思って差し支えないわよ。 |
それでも充分に長いような…… |
さすがにそれだけ離れていると当てたり落としたりするのは難しいけど、自機に搭載された武装の中から射程に優れた物を気合い入れて発射よ。 |
本当に当たるわけ? |
当たるわよ。 ヴァルキリーの武装は一見直射兵器に見える物でも誘導兵器として使えるもの。 曲げられる度合いは武器によってかなり異なるけどね。 |
ただし弾の誘導に意識を割けばその分だけ注意が疎かになったり自分の足が遅くなったりするから、そこはバランスが大事ね。 |
その誘導が簡単だったり、逆に難しい武器があったりする? |
武器によりけり。 簡単な物の代表格が私が使うようなミサイルよ。 最初から誘導兵器としての形が与えられているような武器ね。 |
でも一発入魂でぶっ放せば銃弾であろうと曲げられる、と。 |
ええ。だから適当に工夫してどうにかしろってことよ。 |
この超遠距離での撃ち合いで出遅れると後にかなり響くから疎かにはできないわ。 例えばお互い十人ずつで戦っているとして、本格的なエンゲージの前段階で敵の一人か二人に砲火を集中して落とすことができたなら? |
そりゃ有利になるだろうけど。 |
だから当たり目が少なくてもあの手この手を使って数を減らしに掛かるのよ。 |
さっきも言った通り少ない標的を集中して狙うのも手段の一つ。 一人か二人を敵弾の迎撃や防御に回して残りが遠慮無くぶっ放すのもありでしょうね。 |
そもそも遠距離での戦いに向かない編成や機体なら撃ち合いを放棄して全速力で突っ込むのでもいいし。 |
そのあたりのパターンはそれこそきりがなさそうね…… |
きりがないわよ。 |
遠距離では相手のフォーメーションを崩して分断させることに専念して、中距離に入った段階で瞬間的に十人対五人という状況を作って一気に潰すみたいな戦い方もあるし。 さすがにそんなのは相当練度が高くないと出来ないけど。 |
でもねー |
ん? |
世の中にはそんな小手先の戦術なんか屁とも思わないバケモノがいるわけ。 具体的には神凪さんとか。 |
あのへんはもう個人の力量を恃みに突撃してくるから手に負えないわ。 |
演習場の話をした時に言ったでしょ。 神凪さんが相手だと射程に入った段階で一人はまず落ちるって。 一般的なヴァルキリーじゃ多少距離が離れていたところで神凪さんの無慈悲な攻撃をかわせないのよ。 |
あの槍で全力射撃する場合はかなりえぐい最終誘導を掛けてくるのは間違いなしよ。 それをどうにか避けたとしても今度は爆弾が滅茶苦茶な変化球コースで飛んでくるわけ。 あるいは斑鳩さんとかだと鬼火で超人ウルトラベースボールじみた魔球でも投げてくるんじゃない。 |
そんなのどうしろと。 |
さあ? とりあえず彼女達と張り合うつもりならそれくらいの芸は必要ってことよ。 |
そういやあんたも一応はエース様なんでしょ。 何か得意技とかはないの? |
ないこともないけど。 |
どんなよ。 |
一網打尽。 |
はぁ? |
それが得意技というより、そうするしかないという事情のせいなのよねー…… |
いや全然わかんないわよ。 |
まずウチの国にはベテランが不足してるの。 育ったと思ったら西部戦線ですぐに損耗しちゃうから。 |
なので私が率いる女の子達はどうしても頼りないのよ。 この時点で高度な連携とかはもう無理なわけ。 |
そうなると火力集中とか単純な手しかなくて、私と私以外が一人ずつ、合計二人を落とすとしましょうか。 でも向こうが同様の戦術で来てこっちは三人落とされるかもしれない。 |
ステイルメイトって足が遅い上に装甲も薄めだものね…… |
普通に戦ってたんじゃどうしても不利なのよ。 だから指揮下の子には射程内に入った時点でとりあえず適当に撃たせちゃうの。 最初の一斉射だけはとにかく全力でね。 |
あんたは? |
撃つわよ? ただし少しだけタイミングを遅らせてから。 |
ステイルメイト唯一の取り柄は瞬間火力だから全力斉射すればびびらせて相手の意識を散らしたり目くらましをするのには充分なのよ。 で、私はなるべく威力を乗せた弾を敵全員に対して一発ずつ発射。 |
あー……だいたいわかった。 |
そして相手が回避行動をしているところに私の弾がぶっ刺さる、と。 ここでは私も弾の速度変えたりあの手この手を使って当てに行くわよ。 |
相手次第だけど上手く行けばこの初手で一気に五人くらい落とせるわ。 |
なんつーワンマンプレーな…… それってあんたのその日のパフォーマンス次第で全てが左右されるんじゃ……… |
仕方がないでしょ。 他にやりようがないんだもの。 |
似たようなことをやるにしても普通は五人が牽制して五人が狙い撃つとかになると思うんだけど、九人に牽制させて一人で全員仕留めに掛かるとか離れ業もいいところね…… |
機体と武装に何らかの特性があるのならば活かしてなんぼよ。 |
まあそうなんだけど。 |
とりあえず今回はこんなところかしらねー 距離が詰まってきてからの戦いについてはまた次回で。 |
あー、最後に一個だけいい? |
はいどうぞ。 |
距離を詰められたくない場合はどうするわけ? |
そこにはジレンマがあってねー |
ステイルメイトの場合、ずっと遠距離で撃ち合っている方が近付くよりはマシではあるんだけど、なかなかそうもいかないわけ。 |
後退しながら戦ったり、その場に止まるのは防御面で非常に拙いのよ。 それなりの速度で飛んでないと回避に支障が出るから。 |
なので回避に支障が無い範囲まで速度を落として接触を遅らせるのが精一杯かしら。 もしくは斜め方向に前進するとか。 |
なるほど。 |
ただし相手の攻撃を回避しつつ充分な攻撃が可能で、かつ距離選択の自由がこちらにあるのならば近付く理由はどこにもないわね。 相手が倒れるまでアウトレンジから一方的に叩くか一撃離脱を繰り返すわよ。 |