「身体で調整するのはダメ。視線で狙うのよ。射撃じゃなくて腕を伸ばして殴る感覚で撃ちなさい」 「はあ」 ――雨宮セシルと美澤エレナ --------------------------------------------- |
続きからよ。 |
はいはい。 |
前回はヴァルキリーの遠距離戦についての話をしたけど今回はそこから先の話。 |
距離が縮むとどうなるか、と。 |
相手を有効射程内に収めたところから撃ち合いが始まって、何度か応酬を繰り返したあたりでミドルレンジでの戦いに移っていくわ。 |
お互いの弾も一気に当たりやすくなるし戦闘としてはそこからが本番よね。 |
ええ。 |
でねー、ここで大きな要素として持ち上がってくるものが一つあるのよ。 |
即ち高度をどの程度まで高く取るか。 |
そんなもん上を取っている方が有利なんじゃないの。 |
その理由は? |
だって下から上を狙うよりも上から下を狙う方が楽じゃない。 高速で飛行している時は尚更そうでしょ。 |
はい正解。 |
これが通常の戦闘機なら高度は位置エネルギーの確保という意味で死活問題になるんだけど、ヴァルキリーの場合はスペックが図抜けてるからその点はあまり重要ではなくて、単純に撃ちやすいかどうかという話になってくるのよね。 |
スタンダードな機体だとやや前傾姿勢の時が最も速度が出て安定するのよ。 また手持ち武器も前方や下方に向けて撃つのが最も精度が高いわ。 |
なら身体の向きを反転させて、例えば仰向けのような姿勢で上を狙えば問題ないのかというと、それだとなぜか命中精度が著しく落ちるのよ。 |
このあたりもヴァルキリーのよくわからないところよね。 自分が不安定な姿勢であるという認識が結果に結びつくという説もあるけど真偽の程は不明よ。 |
で、距離が離れている間なら多少の高度差があっても概ね正面に捉えられるけど、距離が近付くとそうもいかない。 |
敵の方が高度が上で正面に捉えきれず、不安定な姿勢での射撃を強要されると撃ち合いで非常に不利になる。 だからヴァルキリーは相手の上を取ろうとするわけ。 |
実際のところは距離が詰まってから慌てて上へ行くということはあまりなくて、交戦距離に入る前から可能な限りで高度を高く保った状態で戦闘に入るんだけどね。 |
でもそれだとお互いの高度を上回ろうとして宇宙まですぽーんと行っちゃうような…… |
ところが案外そうもならないのよ。 かなり前のことだけどヴァルキリーの力はどこまで有効かという話はしたわよね? 地上から極端に離れすぎるのもそれはそれで拙いわけ。 |
あったわねそんなのも。 |
一旦宇宙に出てから目標直上まで来たところで強襲降下という戦術は数十年前には結構行われていたんだけど、宇宙から地上への攻撃はヴァルキリーを落とすだけの威力を確保できなくて、降下するところを迎え撃たれると手も足も出ないという戦訓が生まれたのよ。 |
とはいえ奇襲の類としてなら今もそれなりには有効よ。 迎撃をかいくぐることさえできれば見返りはそれなりにあるし。 |
普通に宇宙に上がって移動するとあー突っ込んでくるかもなーと態勢整えられたりするから、目標地点を通過するデブリとか衛星を影にして、真上に来たら一気に飛び出て相手が泡食ってる間に危険域を突っ切っちゃうのよ。 |
それって斑鳩さんあたりのやり口のような…… |
あの人はそういうのが得意技でしょ。 神出鬼没のワンマンアーミーだもの。 |
実際にその手でどこぞの企業国家の拠点を強襲して押し込み強盗を働いた前科があるそうだし。 |
あの人って黒羽さんとかよりもよっぽど頭おかしいんじゃないの? |
何を今更。 |
話が少々脱線したから元に戻すと、ヴァルキリーは高度はできるだけ高く保つのが定石で、中距離以下の戦いではとにかく相手に不利な姿勢を強いることに努めるわけ。 |
私達が人の姿をしている以上は敵に側背を取られたら相手を撃つのは困難でしょ。 前にミサイル出して一周させたりとか例外はあるけど一般論として。 |
もちろん敵が自分の死角へと移動したのなら宙返りするなりターンを掛けるなりして正面に収めようとするわ。 |
でも急激な方向転換をしている間に反撃しようにもそれはどうしても曲撃ちじみたものになるでしょ。 |
そういう射撃は命中率が低いと。 |
だから自分がどんな姿勢にあろうとも正確な射撃を繰り出せる女の子こそが強いヴァルキリーだと言えるわね。 |
なるほど。 |
………… |
……そこで昔のえらい人達は考えました。 |
へ? |
自分の姿勢に関係無く全方向に対して正確な射撃を行えるヴァルキリーを作れば最強じゃね? と。 |
多数のヴァルキリーが入り乱れる近場の乱戦で圧倒的な優位を得られるのではないか、と。 |
ヴァルキリー開発のノウハウもそれなりに蓄積されたこともあり、いっちょここで人型を捨てて三次元戦闘に適した機体を生み出せば良いのではないか、と。 |
それは当時の技術力を結集した野心的なプロジェクトでした。 第一世代機後期型から第二世代機初期型に掛けての頃の話です。 |
次回、ヴァルキリーの世紀第三回、それは人型破綻から始まったをお送りします。 |
なんでいきなり口調が変わるのよ。 |
いやなんとなく。 |