「私が一度でも負ければ貴様らは目障りな無法者を駆逐できるのだ。悪くない話だろう? 先程提示した条件が呑めるのならば、私は己のコアを賭けて貴様らの用意した舞台の上で戦おう」 ――斑鳩セツナ、国家企業法廷判事に向けて |
…… |
…… |
…… |
……ねえ。 |
……何だ。 |
何か喋れば。 |
貴様こそ。 |
………… |
………… |
無理があるわね、この人選。 |
全くだ。 かくなる上は早々に終わらせるしかあるまい。 それが精神衛生的に最良だ。 |
どっちが講師役やるの? |
それは引き受けよう。 |
ご苦労様。 |
貴様の協力的な振る舞いに期待する。 話を脱線させたら殺すぞ? |
その言葉、そっくり返すわ。 |
それでは講義を開始する。 |
今回のお題は何よ。 |
ヴァルキリーの性能にについて、だ。 |
性能ねえ…… ヴァルキリーって強いのかしら? |
当然だろう。でなくば誰もその確保に血眼にならん。 正面切って戦えばあらゆる通常戦力を蹂躙してのけると思って間違いはない。 大陸間弾道弾による飽和攻撃を捌くことも朝飯前だ。実例も存在する。 |
なめてるわねえ。 |
攻撃に対する探知範囲は極めて広い。 全てを完全に知覚できるわけではないが、明確な敵意を背景に撃ち出された破壊兵器であればまず間違いなく意識の内に捉え、適切な対処が可能だ。 |
敵対国にヴァルキリーが数人いるだけで通常戦力を繰り出す気が失せるぞ。 航空機だろうと装甲車両だろうと遙か彼方から一方的に破壊されて終了だ。 |
人海戦術は? |
無駄だな。死体の山を築くだけだろう。 ヴァルキリーを倒せるのはヴァルキリーのみだ |
つまり……ヴァルキリーをどれだけ擁しているかがパワーバランスに直結すると。 |
その通り。 相手にヴァルキリーが一人いるのなら、こちらは二人用意する。 それが世界の常識だった。 |
シンプルといえばシンプルね。 |
ヴァルキリーの確保とその運用は国防における最重要事項と位置づけられている。 だが、ヴァルキリーにも個体差があってな。 強い奴もいれば弱い奴もいる。相性もある。 それがまた事態をややこしくしている。 |
そうね。 私一人で何人でも相手できるわ。 |
エースは貴重だ。 しかし、ヴァルキリーといえど万能ではない。 |
というと? |
細かい事にはなかなか対応できなくてな。 真正面から戦争吹っ掛けられる分には大概の事態に即応できるが、隠密作戦の類までは易々と察知できん。 |
夜陰に紛れてボートでこっそり上陸とかは見逃す可能性がある、と。 |
そうした場合は通常戦力で対処せねばならん。擬装に弱いのだ。 例えば海と空には、民間の船舶やら航空機が普段から溢れているだろう? |
ええ。 |
その中に敵対的な工作船が混ざっていてもなかなか発見できん。 しかし軍用の船舶や戦闘機であればこれを発見するのは容易い。 |
質量、形状、材質、速度等が他とは明らかに異なる場合が多いからな。 かような事情から民間人の中に紛れているテロリストを発見するのも苦手といえる。 |
別に民間人ごとやればいいんじゃない? |
おい。 |
ふふ……冗談よ。 |
話を戻すぞ。 もっともヴァルキリーが気を張って感応範囲内のあらゆるものを見逃してなるものかと構えていれば完璧な看破をやってのけるかもしれんが……そうもしていられぬ理由がある。 |
へぇ? |
ヴァルキリーは常に全力ではいられん。 |
疲れたりするわけ? |
それもあるが、ある意味では疲労よりも更に深刻だな。 ヴァルキリーの力とは電池のようなものだ。 暴れたらその分だけ残量が減る。 |
ひとたび残量がゼロとなれば再起不能だ。 ヴァルキリーとしての資格を喪失する。 |
しばらく力を発揮できないどころか資格喪失とは随分ときついわね。 どれくらい暴れたらアウトとか目安はあるの? |
ない。個人差が激しくてな。 |
もうすぐなくなりそうだとかはわかる? |
体調不良や精神的な不調が一つのサインとは言われているが、通常の症状と区別がつかん。 よってその目安もない。 |
残量ゼロとなる前に補充とかはできるの? |
それは可能だ。 だが、その方法が確立されてはいない。 経験則に基づく定説はあるがな。 |
たとえば? |
酷使しないことが最も無難だ。 休息することでそこそこの自然回復が見込める。 その他には普通にストレス解消をさせたりだな。 まぁ無茶はするなということだ。 |
一般的な疲労と変わらないわねえ、それ。 要は健康的に過ごしましょうってことでしょ? |
まあな。いずれにせよ個人差が激しすぎてなんとも言えん。 使命感に燃えて全力投球な奴はこれがまた案外と保つ。 あるいは何も考えていないバカとかな。 単に基礎量が違うのかもしれんが適当なものだ。 |
ちなみにヴァルキリー同士が全力で争えば、二回か三回でほぼアウトだ。 短時間で一方的に勝負が決すれば話は別だがな…… |
そんなに早く? |
ヴァルキリー同士の決戦ほど派手なものは他にない 夜空を千の流星が切り裂き、百の太陽が炸裂するような光景が見られるぞ。 そのような戦いをすればすぐにあがりを迎えるだろう。 ……中には何戦しようが平然としている奴も存在するが。 |
くしゅん |
ともあれヴァルキリーは貴重品であり、消耗品であり、加えて戦力としての定量化も極めて困難な代物だ。 そうすると何が起きると思う? |
出し惜しみね。 |
その通り。ヴァルキリーの数で相手を圧倒していようがエネルギー枯渇による損失は避けられん。 軽々に駆り出せるものではないのだ。 それに、もしも相手が一騎当千のエースを隠し札として握っていた場合、必勝を期した開戦が滅亡への道と化す場合もある。 |
とはいえ世界の在り方を変える強大な力だ。 使ってみたいと考える連中には事欠かん。そして、実際に使われた。 考え無しのヴァルキリー投入による紛争の拡大、激化、国が潰れ、興り、世界は実に荒れた。 |
あら、楽しそう。 |
そうした経緯を踏まえ、紆余曲折の末にヴァルキリーの運用を巡って一定のルールが整備された。 |
結果として生まれたのがスケールダウンしての決闘制ということね。 |
そうだ。 パフォーマンスリミッターで出力が抑え込まれている。 そして出力を絞れば相応にしか消耗せん。 |
しかし出力を絞ってでも戦いの結果は、制限無しのそれとほぼ近似であると言われている。 揉め事の類が起きれば有するヴァルキリー同士に決闘を行わせることで解決するという手法が広まり始めたのだ。 その決闘を指してヴァルフォースと呼ぶ。 |
出力を絞っても、強い奴は強い。弱い奴は弱いってことでしょ? |
そうであろうという声が多数となって制定されたわけだ。 そして若干話は逸れるが、現在の世界はほぼ二つの勢力に二分されている。 |
ヴァルフォース批准派と、そんなこと気にしないというフリーダム派ね。 |
そもヴァルフォース自体、ヴァルキリーの質や数に劣る連中が、緩やかに連合を試みた末の産物という側面があってな。 本気の勝負をすると不利なため自分達に都合の良いルールを作っただけのことだ。 批准派にはかつての先進国が多い。要するにヴァルキリー研究の初期段階で出遅れた連中だ。 |
分かりやすいわね。 |
しかしながらヴァルフォースというルールを整えて批准国を増やした結果、フリーダムな連中とのバランスが拮抗したのだ。 かくして危うい均衡の上での平和なバトルが繰り広げられていると。 |
ヴァルキリーの数と言えば、ヴァルフォースって一対一で行われることが多いのよね? |
今は一対一が主流だな。 二対二の制作も考慮中らしいがどうなるかはわからん。 |
制作…? |
気にするな。 |
だとすると強力なエースを擁するところは有利すぎない? |
そのあたりには制限が設けられている。 ヴァルフォースの舞台に上がれるのは基本的に参加選手として登録された者のみだ。 |
全てのヴァルフォースは戦績として記録される。 その戦績に基づいて連続出場が制限されたるなどのペナルティもある。 切り札は緊急かつ重大な決闘のために温存しておくべきだな。 |
……茶番ね。 |
おおいに茶番だな。 強者を抑え込むためのルール改正なども散見される。 当然政治の舞台にもなっているわけだから、密約やら八百長やらも当然あるだろう。 だが茶番でも、混沌と混乱の時代よりはマシと考える人間が少なくない。 |
ヴァルキリーが登場し、戦乱が巻き起こった当初は世界の危機かと騒がれたが、案外と世の中に上手く組み込まれてしまったものだ。 だからといってこんなふざけた兵器など、到底容認できるものではないがな。 |
……さて。 義務は果たした。 続きは別の者にでもやらせろ。 |
無知を装うのもかなり癪な役回りね。 |
なら講師役をやりたかったか? |
まさか。 |