「リミッターを付けろだなんて頼んだ覚えはないわね。今すぐ、外しなさい」 ――黒羽ナガレ、研究班の胸倉を掴み |
あのさ。 |
何だ。 |
月影さんってどうなの。 |
どういう意味だ。 |
キャリア長いわりにいまいちじゃない? そこまで試合の勝率が良いわけでもなさそうだし…… |
旧型機ということを考えれば充分過ぎるだろう。 そもそも月影もあの機体も試合向きではない。 |
え、そうなの? |
奴がヴァルフォースの試合に姿を現すようになったのはここ1〜2年のことだ。 それよりも以前は低活性地帯でひたすら戦っていたからな。 |
低活性地帯って何よ。 |
ヴァルキリーが充分に力を発揮できない地域がある。 この星の三割程度の面積がそうだ。 |
出力が落ちる場所でどうして戦うわけ。 |
それでも充分に戦力となるからだ。 低活性地帯であろうと戦車数十輌程度なら相手にできるからな。 戦車といっても前世紀にのさばっていたような履帯式ではないぞ。 |
ぴょんぴょん跳ねたりかっとぶ今時の戦車ね。 二本脚とか四本脚とか浮いてたりする…… |
そうだ。 そして月影は対戦車戦のエキスパートだ。この点に関して月影以上の人材はいない。 低活性地帯において単独で連隊規模の戦車部隊を足止めできるのは月影くらいだろうよ。 |
奴の機体は対ヴァルキリーよりも対戦車を重視した設計となっている。 かつて低活性地帯で行われていた代理戦争で戦況を好転させるべく生み出されたのが月影の機体だ。 |
よくそんな機体で試合に出てくるわね…… 古い上に試合に向かないとか二重のハンデじゃない。 |
月影の国は落ち目だからな。 数年前に財政破綻の憂き目を見て以来、機体の開発競争では他国に比べて周回遅れという有様だ。 あの国の設計局が第三世代機の実用化に成功したという話も聞かん。 |
第二世代後期型の機体も保有はしているがどれも駄っ作機揃いだ。 多少不利だろうとあの機体で月影が出るのが比較的マシな選択肢なのだろうよ。 |
もしかして、あたしってかなり恵まれてる方かしら。 |
当たり前だろうが…… |
ところでさっき出てきた低活性地帯についてなんだけど…… そこだとヴァルキリーは普通の武器で傷付いたりするわけ? |
重機関銃程度は相変わらず事も無げに弾くがな。 戦車主砲あたりを直撃させれば防御結界の貫通は見込める。 |
でもヴァルキリーにそんなもん当てるのってかなり難しいわよね。 出力が落ちていようとかなりの速度で飛び回るわけでしょ。 |
人間大の標的に当てるための武装ではないからな…… それでも近年は火器管制装置の進歩により幾分かマシにはなっている。 腕があれば当てることは充分に可能だ。 |
余談だがヴァルフォースの試合場として列車があるだろう。 |
あるわね。 あのバカでかい奴でしょ。 |
あれは超大型の戦車を運搬する為のものだ。 |
あんなのが必要になるだなんてどういう戦車よ。 |
昔、艦載用の大型火器を搭載した多脚戦車をどこかのバカが趣味で開発してな。 その戦車の再配置を容易とするためにセットで作られたのがあの列車だ。 あれもあれで列車というカテゴリに収まるのか疑問な代物ではあるのだが。 |
趣味…… |
完成した戦車は結局その全てが実戦で破壊された。 列車の方はどこかのバカがそのまま引き取り、現在はヴァルフォースの試合場として提供されている。 |
ほんとにどうでもいい話ね…… |