「……今は挑まぬ。時期が悪い」 ――幻想龍殃、常に曰く |
なんなの、このひどいタイトル…… |
見たまんまよ。 今回はなんちゃってアイドル春風さんの生態をクローズアップするわ。 |
まるで珍獣のような扱いね。 |
珍獣の一種だと思うわよ、あの子は。 |
とはいってもねー、ヴァルキリー業やってると多かれ少なかれ世間に露出しちゃうものなのよね。 結局は程度の問題なのよ。 |
貴女だってそうでしょ? 広報に頼まれて愛想よくしなくちゃいけなかったり、普段も色々な人達に追われてんじゃないの。 |
まー、そうね……面倒だけど仕方がないわよ。 |
人気スポーツのアスリートがメディアを避けて生きられないように、私達もメディアを避けて通ることはできないわ。 だから適当に距離を置きながら付き合うことになるわけ。 |
ところが春風さんときたら、そっちの世界に自分から積極的に関わりに行くわけよ。 春風さんが、というより所属企業の方針がそうだからなんだけど。 |
あたしにはとても真似できないわ…… |
やってみれば案外楽しいかもしれないわよ? 「みなさんこんばんわー! 美澤エレナでーすっ!」って大観衆を前に手を上げて挨拶してみたくない? |
なにその作り声キモっ! |
人が真面目に話をしている時にそのリアクションはないんじゃない。 人相わからなくなるくらいに顔をボコボコにしてから底の見えない沼の中に沈めてあげてもいいのよ? |
ごめんなさい、あたしが悪かったです。 気を取り直して続けてください。 |
すぐに謝れるのはいいことよ。 じゃあ気を取り直して続けるわ。 |
(あー、怖かった。目がマジだったし……) |
で、ここからはちょっと予備知識。 そもそも春風さんが属する組織はどこなのか? |
インテグラルでしょ。 |
そうよ。 一人の永世者によって率いられる、世界最大、最強の企業国家。 |
ここで何が重要なのかといえばインテグラルは完全なワンマン体制ってこと。 トップがゴーサインを出せばそこに異議を挟むことは決して許されないわ。 ただでさえ権力が集中している上に生物的にも強いとくれば逆らうなんてまず無理ね。 |
つまりそのトップがヴァルキリー掻き集めてアイドル活動させてるんでしょ。 前にも少し聞いたわよ。 |
でもさー、ヴァルキリーなんて結局は素人じゃない。 普通の女の子をアイドルに仕立て上げるのって難しいんじゃないの? |
キジルシの本気を甘く見ないほうがいいわよ。 インテグラルはヴァルキリーの女の子達を売り込むためなら何でもやるわ。 先端技術やノウハウを大人気なく全力で注ぎ込んでくるからタチが悪いのよ。 |
例えば新たに一人の女の子がヴァルキリーとして加わったとするでしょ。 |
うん。 |
そしたらインテグラルはその子を適正を徹底的に見極めようとするのよ。 歌か、踊りか、演技か、容姿か、それとも話術か? |
出身や生育環境、現在の物の考え方など全ての要素を解体して、潜在的なものも含めて固有の魅力を探りだすわけ。 かつて業界人が勘や経験で見極めていたようなところを、インテグラルは膨大な人員と体系化された技術で行うの。 そして目星を付けたなら、後はその良さを最大限に活かすだけよ。 |
優秀なコーチをあてがったり? |
時間に余裕があって本人に才能と熱意があればそうする場合もあるわね。 身体制御ソフトをチューニングして済ませる方が手っ取り早いけど。 |
それだと本人が生身なだけで作り物もいいところじゃないの。 |
ええ、作り物よ。 だけどそれを本気でやるから強いのよ。 |
仮に一人の女の子を一流の歌手として売り出すことを決めたのならば、必ずそれを貫徹するわ。 曲を一つ作るにしても無数のメロディと詩を生成し、無限とも思えるような数の固有AIを相手にテストを繰り返すのよ。 そして精錬し選び抜かれた一つを、個人の揺らぎを残しながらも完璧に調整された制御ソフトで肉体を動かし、歌わせるわけ。 |
噂だとインテグラル全体が保有するコンピューターリソースの内、三分の一程度が一連の活動に割かれているって話だし。 インテグラルの設備投資は本来の事業運営に必要と思われる量に比べて常に過剰なのよ。 |
つまりその余剰分が全部突っ込まれてると…… |
その可能性が高いと言われているわ。 |
バッカじゃないの? |
関連技術の発展にも寄与しているから一から十まで趣味と言い切ることはできないけれど、趣味先行の道楽なのは間違いないわね…… |
あとは無理矢理にでも弁護するならヴァルキリーの女の子達に親しんでもらうための啓蒙活動と言えなくもないけど。 |
航空ショーみたいなもん? |
確かに似たところはあるわね。 |
で、さー…… それはそれとして結局春風さんはどんな方向性でプッシュされてるのよ。 適性検査の結果とかはどう出たの? |
打つ手なし。 |
はぁ? |
まずあの子の頭の中には努力とか忍耐という言葉がないわ。 そして意に沿わないことは絶対にやらない子なのよ。 |
あの子に芸を仕込むこと自体が絶望的に難易度が高いのよね。 あるいは身体を勝手に動かそうにも本人が拒否するし。 |
そういうわけで基本的には放し飼いよ。 あの子の気が向いた時だけマイク渡してなんとか歌わせている状態ね。 |
芝居とかは絶対にやらないけど。 あの子、長丁場の拘束には耐えられないし。 かといって合成映像の類は本人がオーケー出さないから。 |
そんなんでやってけるわけ……? |
本気でプロデュースされた歌姫とかに比べたら人気は一段落ちるけど、あまり手が加えられてない状態というのもそれはそれで美点よ。 |
基本的なポジティブぶりでは他の追随を許さないし、そういうのって伝わるものでしょ? |
だからインテグラルは春風レンというヴァルキリーを売り出すにあたり、一つのゴールデンルールを決定したのよ。 |
それは彼女が心底楽しんでいる場面だけを捉えること。 たとえばヴァルフォースであれば、彼女が絶対に楽しめるような対戦相手と戦う時のみ公開試合とすることを了承するわけ。 本気で楽しそうにプレーをするアスリートほど魅力的なものって中々ないわよ。 |
そりゃまあそうだけど…… |
で、歌う時もまた然りよ。 あの子が目の前の行動を心の底から楽しんでいる姿を届けられればそれでいいの。 |
やりたいようにやって、それで万事オーケーとか本気でふざけてるわね。 この世はあの子にとって地上の楽園か何かなの? |
そういう星の下に生まれついたんでしょ。 ほんとあなたとは正反対ねー |
あたしのことはいいでしょ! |
試合の時は苦渋の表情を浮かべてばっかりだし。 |
仕方がないじゃない! 強いやつと戦ってワクワクするような奴の方が頭おかしいわよ! そもそもこちとら好きでやってるわけじゃないんだし…… |
まあそうね。 |