夢ソフト

■one of games■

「逃れ得ぬ定めと引き換えに、おぬしに備わった力がそれよ。何人たりとも軽々におぬしの未来を覗けはせん」

                               ――通りすがりによる雨宮セシルへの助言

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 場所は北方。空調設備の不調で底冷えする官舎の一室で、幾人もの娘達がストーブを囲んで暖を取り、遙か遠くの大陸で行われている試合の中継に見入っていた。

「これはひどい」

「ひどいわねえ」

「赤い方はド新人でしたっけ?」

「うん、確かデビュー戦」

「拷問だろこれ」

 彼女達がそう言うのも無理はない。眼前の光景は果たして試合と呼べるようなものか甚だしく疑問であった。神凪アイという圧倒的な強者が槍の形をしたバットを手に、美澤エレナという名の動くサンドバッグを上から上から下から下から左から右から左から右から、突いて叩いてを繰り返す。そんな一方的な蹂躙が延々と続いていたのだから。

「さっさと気絶するかギブすればいいのに」

「負けず嫌いなんでしょ」

 勝敗の行く末については最早語る必要もなかった。この試合を見ている人々の関心は、赤い少女があとどれくらい耐えられるのかという点に移っている。

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(あ、あ、があああああああ! 痛い、痛い、痛いってのよこん畜生!!!!)

 強烈な殴打を受ける度に頭の中で火花が散る。生まれてこの方やせ我慢を大の得意としていたが、さすがに今の状況はエレナにとっても耐えられる限度というものを越えていた。

(せめて、一発ぐらい―――!)

 その澄まし顔を歪ませてやらねば気が済まないと、渾身の力を込めて折れた右手を振り下ろす。それまで防戦一方だったエレナが豪炎と共に繰り出した手刀は見る者の虚を突きはしたが、当の神凪アイは表情一つ変えずに斜め後方へと飛び跳ねてその攻撃を回避した。

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「あ、反撃した」

「今のは神凪よく避けましたね」

「ていうか赤が手を出そうとした時点で既に跳んでませんでした?」

「だからわかるんでしょ。やられる前から」

 神凪アイは未来が見える。それはヴァルキリーに関わる者達にとって有名な噂であり、一部の者には確かな事実として知られていた。

「教官はどう思います?」

「何が?」

 教官と呼ばれた女性、月影アヤカは湯飲みで茶を啜りながら応じる。

「あの赤い子ですよ」

「どうって言われても……」

(少なくともあなた達よりは見込みがあるわよ? だなんて言いたくないわよねえ……)

 それは偽らざる本音だった。彼女達は知らないのだ。あの青髪の少女がどれだけ規格外の存在なのか、身を以て体験してはいないのだ。アヤカは確信している。この場に居るヴァルキリーの中で、神凪アイと対峙して一分以上保つのは自分以外に居ないであろうということを。アヤカが先程から口を噤んでいたのは目の前の試合に興味が無いからではなく、あまりにも真剣に注視していたから故である。

(こんな子が新人で来たら小躍りして喜んじゃうわよ私)

 驚嘆すべき点を挙げればきりがない。随分と派手に殴られてはいるが頭部への致命打は避け続けている。そして見た限り赤い少女は痛覚を遮断してはいない。並の少女であればとうに蹲って戦意を喪失しても不思議ではないが、彼女は今なお闘志を剥き出しにして隙あらば先程のように一矢報いる機会を窺っていた。

(この子、間違いなく将来のトップエース候補だわ)

 何よりもアヤカが目を見張ったのは、赤い少女は神凪アイの攻撃の中でもパターン化されたものに関しては全て完璧に防いでいた事である。それは初見で可能な業ではない。おそらく彼女は、神凪アイとの試合が決まったその日から、何度も何度も繰り返し神凪アイの試合の内容を映像で観察し、分析し、あらゆる準備を尽くして今日に備えていたのだろう。それは、たとえ敗北することがほぼ確実であっても一縷の望みに賭け、与えられた条件の中で愚直にベストを尽くす才能に恵まれていることの証であった。

「ん……終わったんじゃない?」

 そして質問にどう答えたものかとアヤカが逡巡する間に勝負は決し、教え子からの質問は結局うやむやの内に立ち消えとなった。

「番狂わせは無し、か」

「あるわけないでしょ」

「それにしても真州側はどうして雨宮を出さなかったんでしょうね? 今や真州連合共和国のエースといえばあいつじゃないですか」

「いつの間にか引退しちゃったんじゃないの?」

「それは無いよ。この前威力偵察で飛んだ際にスクランブルしてきたもの」

(どうして、ってそんなの決まってるじゃない……)

 つまりあの赤い少女は周囲から期待を寄せられているのだ。初試合で神凪アイと戦わされるヴァルキリーなど他に聞いたことがない。公衆の面前であれほど手酷く痛め付けられ、手も足も出ない姿を晒しても挫けることなく、立ち上がることを周囲は確信しているのだ。であれば、最強のヴァルキリーと早々に戦った経験は大きな財産として彼女の中に残るだろう。実戦を除けばこれ以上悲惨な目に遭うことなどあるまい。そう思えば今後の試合にも臆せず挑む事が出来るはずだ。

「ったくもう……面倒なのが増えたわ」

「……? どうしたんですか教官」

「なんでもないわよ」

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「うぇええええ………あー………吐きそう……」

 試合を終えて控え室に戻ったエレナは真っ白に燃え尽きたボクサーのように椅子に座り、うつむきながら呟いた。

「お疲れ様。気分は……あまり良くなさそうね」

「あ、先輩……えーと、すみません。いいところ一つもありませんでした」

「そんなことないわよ? あんなに長い間立っていられただけでも凄いじゃない」

 エレナに先輩と呼ばれた少女は嘘偽りなくそう答えた。

「あと先輩に言われた通り、一度だけでも無理矢理反撃しましたけど……あれで良かったんですか」

「ええ、充分よ。避けるよりも受け止める方が楽な場面で、彼女が避けることを選んだのが見られたのは大きいわ」

「というと?」

「あの機体ではフレイムリリーの全力攻撃を防げない。おそらく彼女は、受け止めて被害が生じる未来を視たからこそ避けたのよ」

「はあ」

 もっともらしく言われたもののエレナとしては半信半疑ではある。だが数ヶ月の短い付き合いとはいえ雨宮の言葉に間違いがあったことはない。そう言うのであれば、そうなのだろう。未だに全身に残る苦痛を堪えながら、エレナはとりあえず納得することにした。