夢ソフト

■one of encounters(1)■

「命短し恋せよ乙女、制空戦闘で死ぬ前に、って言うでしょう?」

「言いませんよ。だいたい――」

                               ――美澤エレナと雨宮セシルの会話

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 空港内の喫茶店で、学校の制服に身を包んだ二人の少女――美澤エレナと雨宮セシルはテーブルを挟んで向かい合っていた。

「冷めちゃうわよ」

 店内に入ってから一言も喋らず、延々と考え事に耽っていたエレナはその言葉で現実へと引き戻された。

見ればいつの間にか目の前にコーヒーカップが置かれ、白い湯気を立ち上らせている。

「え、あれ? あたしオーダー入れましたっけ?」

「私が勝手に入れたのよ。何にする? って聞いても全然返事しないんだもの」

「すみません、ちょっと考え事をしてましたから」

「見ればわかるわよ」

 何を今更、という風に応じてからセシルは自分のティーカップに手を伸ばした。

「で、その様子だとまだ諦めてないわけ?」

「そりゃまあ……やる前から投げ出すのは好みじゃないですし。ぶっちゃけ先輩ならどうやって倒しますか」

「六堂マリアを?」

「ええ」

 目下、エレナの頭を悩ませている問題がそれだった。

ヴァルフォースでの初試合から半年が経ち多少の経験は積んだエレナだが、数日後に予定されている六堂マリアとの試合に関しては何ら方針が定まってはいない。

「……聞きたい?」

 その問いを受けて、セシルは微笑を浮かべて問い返す。

「そりゃもう」

「……本当に?」

「やたらもったいつけますね」

「聞かない方がいいと思うけど」

「どうしてですか」

「だって――」

 セシルはそこで一度言葉を切り、手にしたティーカップに唇を寄せる。

「無理だもの。あれを倒すだなんて」

 澄んだ琥珀色の紅茶を一口啜ってから微笑を消して、真剣な面持ちでエレナに告げた。

「………」

 六堂マリア。厳重な鎖国政策を敷く宗教国家より送り込まれた常勝不敗のヴァルキリー。

それは比喩などではなく、事実彼女はヴァルフォースの舞台に上がり続けて以来、負け知らずである。

 問題はその戦い方だった。何せ対戦した相手が尽く異なる手段で倒されており、マリアとその武装による攻撃手段がどれだけあるのか未だに不明な有様なのだ。ある少女は空を舞う羽からの弾幕に圧倒され、ある少女は突撃してきた羽に殴り飛ばされた。最近では羽によって作り出された角錐の結界に閉じ込められ、為す術無く蹂躙されたケースまで存在する。

 では先手必勝とばかりに勢い良く殴り掛かった場合はどうなのか?

 それを試した少女は棒立ちのマリアに手を触れる一歩手前で、突如として地面から突き出た槍に全身を刺し貫かれて敗北した。かといって距離を取れば緩慢に浮遊する誘導弾に取り囲まれて手詰まりだ。

 現時点で判明している分だけでも警戒すべき要素は多い。そして事前に相手を徹底的に分析し、様々な場面を想定して勝ち筋を見出すことを持ち味とするエレナにとって、何をされるか判らない相手というのは非常に相性が悪いのだ。これがエレナが延々と悩み続けている理由であった。仮にエレナが、得体の知れない攻撃が行われる直前に、それを察知できる能力を有していれば話は全く変わるのかもしれないが。

「あたしが勝てないっていうのならわかります。先輩にしたって、あんな変なのが相手じゃどうすれば倒せるのかわからないというのも理解はできます。でも……無理ってのはなんですか」

 他人の評価を厳しめに行うエレナから見てもセシルは完璧に近いヴァルキリーである。歳はエレナと二つしか離れていないがヴァルキリーとしてのキャリアは五年に及び、ヴァルフォースでの試合の他、秘匿作戦における実戦の場数も踏んでいる。神凪アイのように超抜した能力こそ持たないものの、第三世代機フレイムリリーのスペックも勘案すればセシルと互角以上のヴァルキリーなど探す方が難しく、それこそ神凪アイを筆頭としたオービタル・クインテットのメンバーか、斑鳩セツナくらいのものだとエレナは考えていた。それだけにセシルの口から飛び出た無理という言葉はエレナにとっても全く予想の外にあった。

「まあ……いずれ、わかるわ」

 エレナの質問に正面から答えることなく、セシルは器を置いて席を立つ。

「もう出るんですか? 集合時間まではもう少しありますけど……」

「ちょっと寄り道してから行きましょう。丁度いい機会だから面白いものを見せてあげる」

「変な土産物を売ってるお店とかなら見たくないですよ。先輩、土産物のセンスだけは終わってますから」

「ご当地邪神象シリーズは現地で買うと全然安いのよ」

「だからいらないですってそんなの! 同室のあたしのことも少しは考えてください! もう何十個も同じようなのが部屋にあるじゃないですか!」

「いいから付いてきなさい」

「あーもう……」

 諦めたように一つ大きく溜息を吐く。目上の者に対しても時には容赦の無い態度を取るエレナだが、一度認めた相手には弱かった。渋々エレナも席を立ち、セシルの後を追って歩き始めた。