夢ソフト

■vacation■

「おい姉御! オレもヴァルフォースに出たいぞ! あのババアにめにものみせてやるんだ!」

「お前が出ても稼げないだろ。無様に負けてウチの名前に傷が付く。よって社長が許さない。以上終わり」

                                ――八重坂ミリア、要望を却下され

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「休暇、ですか」

上官から発せられた予想外の言葉に月影アヤカが戸惑う。

「……どうして驚いたような顔をするんだ。そもそも申請していたのは君だろうに」

「まさか通るとは思っていませんでしたので。先日の試合も負けたじゃないですか」

アヤカが言う先日の試合とは雨宮セシルとの一戦のことだ。多くの者達から必勝を期待されていた試合でアヤカは敗れた。責められこそすれ報いられるとは考えてもいなかったというのがアヤカの心境である。

「だからこそ、とも言えるな」

恰幅の良い上官は体重を背もたれに預け、椅子を軋ませながら続ける。

「君は全力を尽くした。その点に疑う余地はない。上の方も君が負けたことへの責任を巡って随分と揉めたよ」

「責任も何も私の詰めが甘かっただけなんですけどねえ」

「君がそう思うのは勝手だがね。まあ、負けた原因の一つとして、君を日頃から酷使することでベストコンディションを作らせることができなかったからではないか、という意見も持ち上がったわけだ」

「ははあ。うちのえらい人たちにも優しいところがあるんですね」

投げやりな声音である。どうせ誰かが苦し紛れにそう言ってみただけだろうというのはアヤカも承知している。政府首脳部と軍部高官、そして諜報、開発部門の長達が一同に会したテーブルの上で、敗北の責任、その所在を明らかとする壮絶なババ抜きが行われたことは想像に難くなかった。

「他にも色々とあったようだがな。先日の試合を機に良くも悪くも風向きが変わり始めたよ」

「といいますと?」

「おそらく我が国のヴァルキリー自主開発は終了することになる。第三世代機を自前で作る目処が立たん以上、どこからか完成品を買うか、那岐島あたりからコアの供給を受けるのもやむなしといった雰囲気だそうだ」

「それ自体は半ば予想されていたことではありますが……どちらになりますかね」

「さあな。君はどちらの方が望ましいかね?」

「身体の方を機体に合わせますよ」

「結構な心構えだな。ともあれ君の休暇は明後日からだ。今日明日の内に引き継ぎを済ませて羽を伸ばしてきたまえ」

「では、そうさせていただきます」

 

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「で、バカンスに来たはいいけれど―――」

浜辺沿いのビーチチェアで、パレオの上にシャツを羽織ったアヤカが隣を見ながら呆れ声を漏らす。

「どうして貴女がいるのよ……」

「今回に限って言えば偶然だぞ? タイミングの問題さ」

隣のチェアに寝そべる赤毛の女が訝しむアヤカに対して鷹揚に返事をする。

「タイミングね……三度の飯よりも戦争が好きな貴女が、まさかこんなところにいるとは驚きだわ」

「たまにはいいじゃないか。それにしても月影、私は寂しいぞ」

「なにがよ」

「前線には全く出てこなくなっただろうが。最後に会ったのはもう一年以上も前だろ」

「私は貴女に会わなくなってせいせいしてるけど?」

「つれないやつめ」

赤毛の女が傍らのテーブルに手を伸ばし、真っ赤なトマトジュースが注がれたグラスを口元に運ぶ。

石動カズサ。ヴァルキリーと機動戦車の混成傭兵団に籍を置く当代最高の戦車乗り。かつてはヴァルキリーとして、引退後は戦車乗りとして、アヤカとは度々ヴァルフォースの試合と戦場で顔を合わせる間柄であった。

「………」

「なんだ?」

自分の身体を下から上まで観察するようなアヤカの視線に気付き、カズサが疑問の声を上げた。

「なんというか……徹底してるわねー、と思って」

それぞれ濃淡に差はあれど、カズサの姿はサンダルも赤ければ水着も緋い。飲み物も、そして頭髪も朱い。左肩から肘にかけて絡み付くように描かれた刺青も紅く、瞳まで深紅に彩られている有様で、例外は白の肌と片眼を覆い隠す漆黒の眼帯くらいのものだった。

「高い職業意識の表れだと思ってくれていいぞ」

「いや、絶対に単なる趣味でしょ。まさか猟奇兵団を選んだのも赤いからって理由じゃないでしょうね……」

「あのな、流石にそんなわけが…………」

アヤカが言う猟奇兵団とはカズサが所属する傭兵団のことだ。それは通称ではなく正式な法人名であり、所属機には臓物をモチーフとしたカラーリングと紋章が施される。迷彩効果を考えれば有り得ぬ処置だが腕利きを集めることで不利をカバーし、その奇天烈な傭兵団は世界でも有数の独立系民間軍事会社として名を馳せていた。

「……まあ、多少はある」

「あっそ」

こいつバカだという態度を隠しもしない簡素なアヤカの返事であった。

「それよりも月影……お前な、こんなところまで来て一人身なのか。ないだろう、それは。男はどこだ。隠しているのなら早く出せ」

「ぶっとばすわよ?」

サングラスをすちゃりと上げて拳を握ったアヤカが笑顔を向けた。

「あ、おい、てめー! 姉御になにしようとしてやがんだ!」

浮き輪を抱え、全身から水を滴らせる少女がぱたぱたと二人の近くと駆け寄る。

「だいじょうぶか姉御! 今こいつドライブ入り掛けてたぞ! でもオレがきたからにはもう安心だかんな!」

「なんだミリア、もう泳ぐのはいいのか」

「……誰よ、この子」

「おまえなんかに名乗る名前はないぞ!」

アヤカとカズサの間に割って入った少女がアヤカに向かって挑戦的に中指を立てた。年の頃は十二か十三といったところだろうか。飾り気のないワンピースの水着に起伏の少ない身体を包み、息を切らせるその姿は今の今まで遊びこけていた証である。

「ミリアちゃんには聞いてないわよ」

「なっ……どうしてオレの名前を知ってるんだ!」

「だって今そう呼ばれてたじゃない」

「くそ、なんて油断ならないババアだ!」

「………」

うわあこの子本物のバカだという内心を隠しもしないアヤカの視線がミリアと呼ばれる少女に注がれる。暴言については流すことにした。

「あのな、ミリア……バカは早く治せといつも言っているだろう?」

「ひでえよ姉御! オレだってがんばってるのに!」

「で……、誰よこの子。貴方のところの新入り?」

「ああ。私がここにいるのもこいつが海で泳いでみたいって言ったからだしな。付き添いだよ」

「なーるほどねー……こんなところはあんたの柄じゃないとは思っていたけど、そういう理由と」

「いや、私だって嫌いじゃないぞ? 人生とは楽しむものだからな」

「それはいいけど、せめて普段はもうちょっと穏当な楽しみ方をしなさいよ」

「おいオレを無視すんなよ! お前もヴァルキリーなんだろ!? とりあえず勝負だ!」

二人の会話に紛れてかかってこいとばかりにミリアが挑発のモーションを掛けるが、アヤカが取り合うはずもない。決闘の際に投げる手袋の代わりなのか、アヤカに向かって投げつけられた浮き輪はべしりと手で払われ地面に落ちた。

「やめておけミリア。片手で捻られるぞ。ところで月影、後で時間はあるか? 幾つか話したいことがある」

「そりゃ都合はいくらでもつくけど……面倒な話はごめんよ。こうして貴方と会ったこと自体、私の立場からするとあまりよろしくないことだし」

「その点は安心しろ。お前が後で上司にも報告できるような健全な情報交換だよ」

「どこまで本当だか……」

「だーから!! オレを無視してんじゃねーよ!!!」

少女の叫びが浜辺に大きく響く。平和であった。