■ Childish play
「次は人工衛星、狙ってみようか!」 ――春風レン、ゴルフクラブを手に
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「よーし、いくぞー!」
春風レンはゴルフクラブ……のように見える何かを振り回していた。いや、真実それはゴルフクラブであった。少なくとも形状は。
「当てられるかな?」 「当たるんじゃない? レンだし。私は何度やっても海ポチャだったけど」
意気軒昂なレンの近くで少女達が成り行きを見守る。オルニック・アルケミー・テクノロジーズ社の研究施設に出入りする少女達の間で数日前から流行り始めた一つの遊び。何人もの少女達が挑んでは敵わなかったチャレンジ。そして今、最後の挑戦者である春風レンの番が回ってきたというわけである。
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「……何やってんの、あの子ら」 「知らないんですか? 何日か前からああやって遊んでるらしいんですよ」 「知るわけないでしょ。僕が出張から帰ってきたの昨日だよ」
海に面した研究施設の庭に集う少女達を、二人の研究職員が遠巻きに眺めていた。
「で、あれは何」 「見たまんまですよ。ゴルフ」 「……ただの打ちっ放しとか、そういう可愛いものじゃないよね、多分」 「そりゃ、まあ」
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「ボール用意!」
愛機ベリルウィッチの装備を纏ったレンが左腕を地面に向ける。腕に装着された、本来は標的を切り裂く円盤刃を射出するための武装は、球形に形成された薄緑色の球をポトリと落とし、そのボールはまるで吸い付くかのように芝生に刺さったティーに乗った。
「準備よーし!」
軽く二、三度と素振りをしてからレンがスタンスを取って構える。
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「それで、あれ、どこ狙ってんの」 「沖合にある油田の廃棄されたプラットフォームだそうで」 「………そこ、飛行機でも三十分は掛かるよね、ここからだと」 「んで、そこの一番高い鉄塔の先端に当てたら勝ちだとかなんとか」 「うん、実にヴァルキリーらしい遊びだね。頭にウジでも湧いてるんじゃないの」 「まあいいんじゃないんですか。一応飛行機とかには当たらないよう注意してるようですし」 「そういう問題じゃないんだよね」
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「………」
レンが静かに水平線の先を見据える。呼吸も次第に静かなものとなり、ボールに視線を落としてから、ゆっくりとクラブが振り上げられる。
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「試合の時もあれぐらい真剣な表情ができればいいんだけどね」 「それができれば今年の内には神凪にも勝てるでしょうね。でも春風ですからね。ないですね」 「ないよね。ところで、今まで一番近かった子でどのへん?」 「ほとんどの子は海に落としちゃいましたよ。建物にどうにか当てたのが二人で、標的の鉄塔に当てた子すらいませんよ」 「だよね。武装から直接球を放るならともかく、装備一式と関係無いオブジェクトを介せば誘導ろくに効かないもんね」
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「すぅうううう………よいしょーっ!」
フルスイングと呼ぶにはやや及ばぬ余裕を残したモーションで、レンがクラブを勢い良く振り抜く。それでも静から動へと切り替わるや、人間の眼にも留まらぬ速度で加速したヘッドはティーに乗せられたボールを強烈に打ち据え、緑色のボールは曳光弾のように光の尾を引きながら空の彼方へと消え去っていった。
「どうかな?」
スイングを終えたレンが余韻も残さぬ粗雑な所作でクラブを地面に軽く突き、掌を翳しながら打球が飛び去っていった方向を眺めた。
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「色々となめてるよねあの子。掛け声出しながら振るとかなんなの? あと道具の扱いも」 「まー、大雑把な子ですし」 「一事が万事その調子でも困るんだよね」
文句を垂れ流しながらもレンの能力自体は気にしているのか、年長と思しき研究員は少女達のリンクに割り込んで打球の行方を追い求める。
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『惜しかったよ。ちょっとだけ右。結果だけ言えば海ポチャというかそのまま通り過ぎて行っちゃったけど』
遠くの洋上、現地近くでボールを観察していた少女が映像を送る。
「ちょっとだけ右、かぁ。……ねー、これって一人三球までだよね?」
結果を聞いたレンが次のチャレンジを求めて周りの少女達にルールを確認する。
「一応三球まで、ということにはなってるけど気が済むまで打ってもいいよ? みんな諦めただけだし。十球でも二十球でも好きなだけどうぞ」 「んー、次で当てるよ。だいたい加減はわかったし、ちょっと強めに打てばいいんじゃないかな」
手首とクラブをくるくると回してから、再びレンが地面にティーを刺しボールを作り、二打目の準備に取りかかった。
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「次で当てるとか言ってますが」 「弾道技術者が聞いたら吐き気を催すだろうね。だいたいさ、近くに寄せられるってだけでもおかしいんだ。あんな小さなボールじゃ風一つがあるだけで狙いなんか定まるはずがないんだよ」 「球の回転とか転向力とか、他にも色々とありますね」 「でも、彼女らはそんなことを考える必要はない。結果だけを望めばいい。原質型を使っているのならば尚更だよ。何が傲慢かといえば、その望んだ結果を得るために自分の方を世界に合わせるのではなく、自分だけに適用される一時ルールを作り出すことだ。いちいち風向きの計算をするよりもそっちの方が手っ取り早いからね。だから彼女らは空も飛べるんだ」
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「どっこい、しょーっ!」
今度こそはフルスイングであった。先程よりも高さの抑えられた打球はまたしても光の尾を引き蒼穹の中へと消えていく。そしてレンはクラブを振り抜いたところで動きを緩め、さながら会心のホームランを打ったバッターのようにクラブを背後へと放り捨てた。
「グッドショット!」 「自分で言うかな」 「だって完璧だよこれ?」
レンが虚空の彼方を指差して自画自賛をする。
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「勘違いされることも多いんだけどさ、ヴァルキリーの動力源たるコア自体はなーんにもエネルギーを持ってないんだよ。単なる中継器なんだよね。こっちとあっちのルールを繋ぐブリッジデバイスでしかないわけ。出力だなんだとか言われるけど、中継器としての性能をそう評しているだけに過ぎないんだよ」 「その理屈、信じてるんですか?」 「だってそうとしか思えないもの。ただし永世者は例外かな。あれは異常なルールがそのまま形を持っているようなものだし」 「元々は更科……というより黒羽研が提唱した理屈でしたっけ」 「だよ。まあ最後はドッカンして結局コアは爆弾みたいなイメージを自分で後押ししちゃったのが皮肉といえば皮肉だね」 「どっちにしろ使い道としてはそこに行き着くんだからどうでもいいじゃないですか」 「君も随分と志が低いね。だったらどうしてここに勤めてるのさ」 「成り行きですよ。この業界のメーカーならどこでもよかったんで」 「……まあ、そんなもんだよね」
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『……命中した。ぴったり先端に当たったよ』
「ほらほら」
打球が見事に標的を打ち抜いた報告を受けてレンが得意顔を浮かべる。それに対する周囲の少女達のリアクションは、感心したように声を上げる者と、己には到底不可能な所行をやってのけるレンに対して呆れ顔を浮かべる者とでそれぞれ半々というところだった。
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「僕ね、あの子のことは好きじゃないというかむしろ嫌いなんだよね」 「そうなんですか? 確かに気分屋だけど良い子じゃないですか。悪戯好きなだけで悪事を働くわけでもないですし」 「ベリルウィッチを何の苦労もなく使いこなしてる時点で腹立たしいの。クルルちゃんの方はアレだからいいとして、まさか普通の子が問題無く使えるだなんて僕らの中で誰も思ってなかったんだよね。ロードマップ上だとベリルウィッチは単なる踏み台で、本命は次だもの」 「本命ねえ……そっちは随分と扱いやすくなってるそうですね」 「根性さえあれば誰でも使えるよ。パワーだけは滅茶苦茶あるし、ベリルウィッチとは正反対。均質な高い戦力を揃えるには最適だよ」 「はあ」
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「今回もまたレンだけが成功かー」 「というかレンにできないことってあるの?」
遊びはお開きとなり少女達が散り散りにその場を後にする。
「じゃー、ボクも帰るよ。また何かする時は呼んでねー」 「待った。帰る前にそのクラブを渡しなさい。こっちで片付けておくから」 「あ、ごめんごめん。……ていうかこれどこにあったの? すっごく重いけどヴァルキリーの武器ってわけじゃなさそうだし……」 「私も知らない。ロッカールームで見付けたって誰かが言ってたからそこに戻しておくつもりだけど」 「それ、元々はただの棒きれだったらしいわよ。でも誰かがゴルフしたいなー、って言ったらその形になったんだって」 「なにその不審物」
後片付けについて相談する三人の少女は揃って不可思議な表情を浮かべたが、この施設で得体の知れぬ不審物が発見されるのはこれが始めてというわけではない。
「ふーん……ここってほんと色々見付かるねー。この前はエレベーターとか階段が変になったんだっけ?」 「あー、一番上と下の階が繋がってたっていうアレね……」 「怖っ!」
重要なのは深入りをしないことである。怪談で済む内は平和なのだ。細かい詮索などせずに偶々発見した遊び道具を大人しく元に戻すのが最善であり、そのことを本能的に悟っている少女達は実際にその通りにしてから帰宅の途に就いた。 |