夢ソフト

■V-X

「うん、いいんじゃないかしら、コレ」

                   ――月影アヤカ、試作機の左肩にランチャーを構え

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「ねーわ、マジで朱紅はねーわ……」

「あんたまだそれ言ってんの? いい加減諦めなさいよ」

場所は北方、秋涼の季節。比較的過ごしやすくなった官舎の一室で、幾人もの娘達が思い思いに自由時間を過ごしていた。

「那岐島でまず決まりだろって思ってただけに、あたしのショックはでかかった……」

「いくらなんでもそれは楽観的でしょ」

部屋の中央に置かれた長机に突っ伏した少女が愚痴をこぼし、隣に座る少女が頬杖を突きながらその益体もない呟きに応じる。

「そりゃ私だって那岐島の方が嬉しかったけど、朱紅の条件があれじゃねえ……」

「せめてハイローミックスで少しだけでも那岐島かオルニックから機体を買うとかさー」

「それでも結局私達が使うのはローの方でしょ。まあ教官以外は横並びだし運が良ければハイの方もありえるけど」

少女達の話題はカルディヤ連邦の次期主力ヴァルキリーについてであった。旧式化の著しい現主力機ステイルメイトの後継についてはこれまで全くと言って良いほど進展を見せなかったが、ここ一月余りの展開はそれまでの遅れを一気に取り戻すものとなった。

「でもウチのお母さんは喜んでたよ。とりあえずお父さんがクビにはならなさそうだって」

「あーそうですかそりゃよござんしたね」

事の発端はヴァルフォースにて月影アヤカが雨宮セシルに敗れた試合である。アヤカの敗北を見た政府首脳部はこれ以上ステイルメイトを主力に据え続けることは不可能との判断を下すに至り、また西部戦線からは第三世代機ベリルウィッチを駆る柏木クルルに十人のヴァルキリーが一夜にして全滅させられたとの報がもたらされ、戦力の質的向上はいよいよ待ったなしの課題となった。しかしディレシア設計局による後継機開発は遅々として進んでおらず、政府首脳部はついに自主開発計画の断念を発表。それがつい先月のことである。

「でもさあ……いくらなんでも決めるの早すぎね?」

「一応水面下では各社とそれなりに話をしてたんでしょ」

自主開発を断念したとなれば代わりはどこからか調達するしか道はない。仮にカルディヤ連邦軍が全てのステイルメイトを後継機に置き換えた場合、その調達数は相当な数に上る。かくして各ヴァルキリー製造メーカーは後継機の座を射止めんと自社製品の売り込みを活発化させ、その行方を巡って憶測混じりの報道が連日連夜飛び交う事態となった。

この一大商戦にて本命と目されたのは当然のことながら業界首位の那岐島エレクトロニクスである。既に第三世代機の製造技術を確立し、その品質について疑いの余地はない。また那岐島は武装一式を含めた完成品の売り込みには拘らず、加工済みのコアだけを販売し、フレームと兵装についてはカルディヤ連邦の自主開発も容認する立場を取っていた。

次点の有力候補とされたのはナンバーナイン傘下のブランデル・エアロスペースである。那岐島とオルニックの後を追う形とはいえ第三世代機の実用化に漕ぎ着け、実機をヴァルフォースと低活性地帯の戦場へと投入し、上々の仕上がりとの評判を得ていた。但し那岐島とは異なり規格の公開には慎重で、カルディヤ連邦には完成品の販売だけを提案するに止まったが、価格については目一杯のディスカウントを行うことでこの大型契約を勝ち取る意欲を見せていた。

那岐島と並んで業界の双璧をなすオルニック・アルケミー・テクノロジーズについては、カルディヤ連邦の国情を踏まえるならば、やる気ゼロと言われても仕方の無い有様であった。オルニックの担当者はカルディヤのお偉方を前に、近々ロールアウトする新型機がいかに性能とコストパフォーマンスに優れているかを抽象的な言葉で述べた後、納品はいつになるかとの問いに対して、カルディヤ連邦にとっては絶望的なまでに遠い時期を回答した。まさに論外であった。

商戦に参加していたのは上記の三社だけではない。準メガコーポのトワイライト・ドールも独自のプランを携えてカルディヤ連邦に売り込みを掛けていた。しかしトワイライト・ドールに関してはカルディヤ連邦とある程度の接触があったと伝えられるのみであり、その内容については一般報道についぞ漏れることはなかった。実際には開発中の評価機を月影アヤカが試用するところまでは話が進んだが、試用後にアヤカが作成したレポートは採用を断固避けるよう進言するものであったため、交渉はそこで打ち切りとなった。

そして最後の一社がメガコーポたる朱紅傘下の朱紅工業公司である。ヴァルキリー製造メーカーとしてのポジションは先頭グループに大きく離されての第五位。第三世代機の実用化を果たしていないことから選外であろうと予想されていたが、結果としてカルディヤ連邦との契約に至ったのはこの朱紅であった。

朱紅の提案は他社に比して破格のものだった。朱紅は第三世代機を未だ完成させてはいないものの、第三世代機を開発する上で最大のネックとなるコアの加工技術については既に必要な水準をクリアしていると告げ、そのライセンス生産を認めるという条件をカルディヤ側に提示したのである。カルディヤ連邦はコアの製造に必要な錬成高炉を自前で複数所有しており、これを廃炉とすることなく活用できるというのは性能が未知数というのを差し引いてもあまりに魅力的な提案だった。そして機体のフレームと武装についても自主開発の継続が見込め、雇用と技術の維持、そして長期的なコストダウンの面でもメリットが大きいことから、カルディヤ連邦は朱紅の提案に飛びついたというのがこの商戦の結末である。

しかし選定はより高性能の機体を求めて行われたものであるはずだ。その観点からすれば朱紅という選択は本末転倒も甚だしい。何せ本当に使い物となる機体が短期間の内に仕上がるという保証はどこにもないのだ。だが多数の思惑が入り乱れる中で意志決定が行われる際に「現時点で誰も損をしない選択」は往々にして選ばれるものである。後継機の国内自主開発を主張するグループ、自主開発に見切りを付けて外からの調達を訴える一派、そして足元に迫る軍事的危機への対処は勿論として、来春から運用されるヴァルフォース集中開催制度に向けて新型の導入を急ぎたい政府首脳部。朱紅工業公司のプランはこの三者の妥協点を完全に衝いていた。

とはいえ朱紅とて一人勝ちをしたわけでもない。むしろ取ったリスクの絶対的な大きさからすれば朱紅こそメガコーポとしての存亡を左右する大勝負に出たとも言えた。即ち朱紅はカルディヤ連邦の復権に賭けたのだ。朱紅とカルディヤ連邦の契約は、ただステイルメイトの後継機に関わるもののみならず、今後朱紅が販売する機体についてカルディヤ連邦の錬成高炉を利用した製造受託をも含む包括的なものである。そして朱紅はこの件を足掛かりとしてカルディヤ連邦内での資源開発、西部戦線への傘下軍事会社派遣など様々な面で食い込む姿勢を今や隠そうともしていない。仮にそれが上手く行ったとしても、真州連合共和国との開戦やその他不測の事態を引き金としてカルディヤ連邦が崩壊した場合の被害は極めて甚大なものとなるが、朱紅はそのリスクを引き受けてでもメガコーポの中では下位に甘んじている現状からの躍進を目論んでいた。

「本っ当に使い物になんのかよおおおお……? 朱紅の機体なんてマジでいけてる印象がないんですけどお?」

「安い、ぼちぼち、数は揃う。いいところあるよ」

「そんなのあたしの命にゃ関係ねぇーよ! 全く! これっぽっちも! ミジンコも!」

だが機体を実際に身に付けて試合あるいは戦場に赴く少女達にとってそんな思惑など欠片の価値もない。いや、あるかもしれないが、そこまで重要なものではない。少女達の大半が抱いている本音は「とにかく高性能の機体をよこせ」というものであり、次期主力機を巡る一連の騒動で那岐島エレクトロニクスではなく朱紅工業公司が選ばれたことで恨み節が漏れるのも当然のことではあった。

「んー……そんなに悲観したものでもないと思うよ?」

それまで近場のソファーに寝そべり話の輪に加わっていなかった少女が身を起こしながら口を挟む。

「結局最後は那岐島か朱紅かってことになったらしいけど、教官は朱紅で行くべきってかなり強く主張したみたいだよ? 新型コアのサンプルを適当に旧式フレームに組み込んだだけでも相当動けたんだって」

「教官がそう言ってたの?」

「言うわけないじゃん」

「だったらそれどこ情報よ」

「パパに聞いたのー」

「そうかそうか。そいつは貴重な情報だ。どんなパパかはまあ脇に置こうじゃないか」

「いやこの子の場合は普通のパパでしょ。そういう機密をあっさり家族に漏らす将軍がのさばっているのはどうかと思うけど」

「うむ、終わってんな! あー、あたしもヒゲ生やして将軍やってみてぇー」

「それよりもー、そろそろお昼の時間ー」

「おし、そんじゃあ街に行くぞ。今日も沈沈亭でいいべ?」

「また? いい加減飽きたんだけど」

「んじゃラーメン菩薩で」

「どうして濃いめのところばっかり選ぶのよ」

「あ、お前菩薩なめてんな。許さないぞ」

少女達の悩みは深かった。