夢ソフト

■idle talk

「足おそっ! こんなのありえないよー!」

                ――春風レン、試験機を使用しての第一声

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「ニュース見ました?」

「何の?」

「カルディヤ連邦が朱紅のヴァルキリー採用を決めたっていうアレですよ」

「ああ、それね……」

オルニック・アルケミー・テクノロジーズの研究施設の一室にて、若い職員に問い掛けられたやや年嵩の男は耳の穴を小指で穿りながら面倒そうに答えた。

「どうでもいいよ」

「ばっさり切り捨てますねえ」

「だってねぇ、本当にどうでもいいじゃない? カルディヤ連邦が朱紅製のコアを使ってガワと武器は自分で作る。で、遅くとも来春には機体を間に合わせるとなると、出て来るのはどんなのよ?」

「……まあ、だいたい想像は付きますけど」

「ちょっとベースの性能が上がって、カルディヤ製の武装を積んだ無骨な汎用機に決まってるよね。面白味も何もないさ。馬鹿にしてるわけじゃないけどね。それなりのものを素早くそれなりのお値段で作る。そいつは充分に大事なことだよ。でも、僕個人の興味としては果てしなくどうでもいいの」

「だったら、どういうのなら満足なんですか」

「そりゃあ勿論」

男が回転椅子を軋ませ身体を会話の相手に向けると、広い室内の中空に幾枚もの映像が投影された。

「僕らが作ってるような機体だよ」

映し出されたのは塗装が行われていない鈍色の機体に身を包んだ少女達だ。手に持つ武装は大剣、戦斧、長槍とバラバラで、主兵装については詰めが進んではいないことが窺えるが、本体だけを見れば今すぐにでも実地で試せる程度の仕上がりであった。

「これ、実際に完成するのはいつ頃になるので?」

「所長の気分次第。あの人がオーケーって言えばその日から完成品扱いだし、ダメって言えば開発続行して強化。だからカルディヤに納品がいつになるのと聞かれても答えようがなかったんだよね」

「相変わらずの王様ぶりですね所長も。あの人の都合で全てが左右されるとか、どう考えてもおかしいですよ」

「まあいいんじゃない? それでも回っているってことは問題ないんでしょ。それにウチは所長がいなけりゃどうせ成り立たないんだし。僕らが困った時には颯爽と現れて正解に近いヒントを残していくから大助かりだよ。おかげで本気のどん詰まりってものをここ数年は経験してないからね」

「この前は志がどうこう言ってたくせにいいんですかそれで。プライドないんですか」

「あるけどないよ。君だって経験あるでしょ。目の前の難問とか抱えたトラブルが手強すぎてあらゆる手を尽くしても解決の糸口が掴めなくて頭を掻きむしりたくなってそれでもどうにもならなくて寄って集まっても文殊の知恵なんか出てこなくて焦燥感で脂汗が吹き出て窒息しそうな日がずっと続いてもうどこに向かってるのかもわからなくなること。たまに死人も出たり。で、そんな状態に陥らずに済むのなら多少のプライドとか魂を悪魔に売っても構わないとか思っても仕方がなくない?」

「そういう事態に立ち向かうというのが人としてあるべき姿では」

「僕のストレス耐性はとっくに売り切れなの」

「はあ」

「でも、まー、そういうわけだから成果物の出来そのものでは他所を圧倒しなくちゃならない。僕らはエッジランナーとして頭一つ抜きんでた機体を造る義務がある。でも所長だって無制限に助けてくれるわけじゃないからね。あの人、自分が解決させたくない問題は絶対にヒントを出さないし、僕らがどうにかできる範囲でもやっぱり助けてはくれない。じゃあどんな時なら助けてくれるのかというと、キチガイには解けるけど僕らには無理な問題に遭遇した時なわけ。今年は二回あったかな。おかげでこの機体もどうにか完成の目処が付いたよ」

「そりゃ良かったですね。お疲れ様でした」

「で、君はどう思う?」

「この機体ですか?」

「そう」

映像の内一つが大きく表示される。そこには試験場にて他社製品を装備した少女と模擬戦を行っている様子が映し出されていた。

「確かにパワーは凄いですね。でもこの機動力はどうなんですか。この足の遅さって第二世代機の初期から中期型と同レベルじゃ………」

「瞬間的にはどの現行機よりも速いんだから問題ないでしょ。突撃して暴れることを前提にした設計だもん」

「あと、根性ある子なら誰でも扱えると言ってましたよね」

「言ったね」

「それはつまりあれですか。装甲が分厚くて沈まないから、痛みに耐えて前に出られる子なら大丈夫って意味ですか」

「そうだよ」

「……」

「……」

「ダメかな?」

「ダメってことはないでしょうが……これも結局使い手を選びそうですねえ」

「そうなんだよね。試しにレンちゃんに使わせてみたけど全然気に入らなかったようだし。もうこんなの使いたくない、だってさ。むかつくね」

「それは使える使えないというより本人の好みの問題のような。でもレンちゃんが使わないとなると誰がお披露目をやるんですか?」

「問題はそこでね。クルルちゃんは所長のお遊びに付き合わされてるし、騎士団から誰か引っ張ってくるというのも色々と事情があるからダメ。でも一人有力な候補が最近出てきてね、多分その子になるんじゃないかな」

「最近てことはルーキーですか? 流石にそれは冒険的すぎやしませんか」

「それでも任せていいって思えるくらいには凄いのよ。心性と機体のマッチングが完璧で、ブルーブラッドかくあるべしって女の子。まだ何の実績もないけれど、間違い無く強いよ、あれは」

「どこまで信じていいんだか……」