夢ソフト

■ average

「戦は嫌いよ。野蛮だもの。残酷なのはいいけれど、手荒なのは品位に欠けるでしょう?」

                                    ――ジルベリカ

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平均的なヴァルキリーとはどんなものか?

それについて説明するにはおそらく私のことを話すのが手っ取り早いでしょう。私こそが平均値にして中央値。十把一絡げにして一山いくら。何の特徴もなく、世に広く名前を知られてもいない。なかなかいいところに目を付けました。

では簡単な自己紹介から? ええ構いませんよ。隠し事無しにぜんぶおっぴろげちゃいますよ。名前は周防ミルファ。年齢はつい先日に十七歳の誕生日を迎えました。ヴァルキリー歴は二年と少し。出身はバレンタのイグリア州です。え、はい? 識字率ほぼ百パーセント、国民の平均所得が世界全体の上位二十パーセント以上が大半な先進国に生まれたくせにどこが平均的なんだって? うーん、といってもですねえ、一つサンプルを選んだ時点で絶望的な偏りが生じるのは当然じゃないですか。そのぐらいは多目に見ましょうよ。今重要なのはヴァルキリーとして平均的かどうかじゃないですか。数的にはメガコーポに抱えられるヴァルキリーが一番多数派なわけですし、やっぱり普通の範疇だと思いますよ。どっかから永世者に拾ってこられたとか、メガコーポ創業一族に連なるお嬢だとか、適正が判明するやマッハで襲われたとか、とにかく才能のオーラが全身の穴という穴から迸り出ているとか、そういうのに比べれば全然小物じゃないですか。というわけで話を進めますよ。

でまあ生まれは先程も申し上げた通りバレンタなんですが、私のお爺ちゃんがナンバーナイン本体の社員ということもあって、ヴァルキリーとしての適正判明後はナンバーナインに引き取られることになったんですよ。この時のやりとりも実に平和的で、イグリアとナンバーナインは相互に融通をきかせる条約を交わしていますから、鉛弾一発すら飛び出ることもありませんでした。あ、ちなみに私の両親兄弟祖父母も皆健在ですんで。いくらヴァルキリーになったってそうそう簡単にポンポン家族が死んだりしませんて。実際のところいきなり家族や友人が巻き込まれて犠牲になる人とかは相当運が悪いと思いますよ。適正の判明をきっかけに家族仲が悪くなったりギスギスしたりとかは多いみたいですけどね。本人に支払われる給料を巡って骨肉の争いの幕が開きゴングがカーンと鳴ったりするわけです。

引き取り手がナンバーナインに決まるや速攻でコアというか機体との融合処置とかその他の手術ですね。麻酔でカクっと落ちてガーガー寝てたらすぐに終わったようですのでこの時のことはさっぱり覚えていません。そしてヴァルキリーとなってからは地平線の果てまで岩場が続いているような荒野のキャンプ、つまり新兵訓練場にぶち込まれました。そこで泣いたり笑ったりできなくなるようなトレーニングの始まりです。ヴァルキリーである以上は全く同じメニューをやらされるわけではないんですが、フツーの女の子に対してそれは如何なものかと思うような仕打ちばかりでしたよ。訓練中はとにかく逃げ出したい一心でした。あの頃は何してたんだっけ……えーと、走って、泳いで、走って、走って、ヴァルキリーの扱いを覚えて、あとは座学をちょぼちょぼして、走って、サーサーマムマムイエスイエス言って、走って、ひっぱたかれて、走って、泥のように眠って、まあそんな感じです。あんまり思い出したくないですね。それが三ヶ月くらい続いて基礎訓練は終わりです。促成もいいところですよ。

そんなインスタント育成を経てめでたく訓練場からイグジットした私は適当な航空団に配属されました。そこではもうただの根性叩き直しトレーニングなんかは行われなくなって、その代わりにヴァルキリーとしての訓練を行う時間が増えました。スクランブルに備えたり。あとは模擬戦も多かったですね。私は平時の訓練でもそれなりに伸びるタイプだったようで、そんなにヒマな時間はありませんでした。中には訓練なんかしても全く効果がない子っていうのもいて、そういう子はさっさと見切りが付けられてすぐに戦場に放り込まれたりヴァルフォースの試合に行かされたりするようですね。

最初の配属先にもだいたい三ヶ月くらいは居ましたね。その間にヴァルフォースも経験しました。結果ですか? 二回やって二回とも負けましたよ。いいところなんかありませんでした。とはいえ案件自体も世間的に全く注目されていないもので、ちんけな犯罪者の引き渡しを巡ってとかそんな具合で、勝とうが負けようがどうでもよかったみたいです。さっさとケリがつけばそれでいい、みたいな。ヴァルフォースって結構多いですよーそういうの。普通に手続きすると時間が掛かり、かといってどっちに転ぼうが大局的にどうでもいい事件はとりあえず試合やって片付けちゃおうということですよ。本当に大きな事件を争うようなヴァルフォースは一軍選手にしか回ってきません。私達は派手なスポットライトを浴びることのない二軍選手なわけです。

といっても二軍選手であろうとヴァルキリーなわけで使い道ってものはいくらでもあるんですねえ。ヴァルフォースに出られる選手はある程度限られていますしビッグな試合に出す選手は厳選する必要がありますが、これが戦場となれば話は別です。数は多ければ多いほどいいです。一人の敵を二人掛かりで倒すことが正義です。なので私もヴァルキリーとなってから半年を過ぎた頃に低活性地帯の戦場へと送り込まれることになりました。

それでも最初のうちはそこまで激戦区へと行かされたりすることはなくて、出撃のローテーションも緩やかで少しずつ経験を積まされるような感じでしたね。いずれにせよ危険なことに変わりは無いというか危険しかなかったですけど。戦車に蹴っ飛ばされたり大砲ぶち込まれたり対地爆撃で焼き払われたり散々でした。でもそういう生活も続けば結構慣れちゃうもので、まあこんなもんかーこれなら引退までどうにかやり過ごして生き残ることができるかなーとか思ってたんですけどね、これが甘かった。知ってます? 一般的なヴァルキリーっていうのはですね、一年経ってからが本番なんです。インスタント訓練を終えて、空気にも慣れて、試合と実戦を経験したいっちょまえのヴァルキリーが出来上がる。ここまでで一年なわけです。でもねヴァルキリー適正というのは失われるものじゃないですか。だいたい二年くらいであがりを迎える子が殆どなんですよ。となるといっちょまえになったヴァルキリーに何が行われるのかというと、凄まじいまでの使い潰しです。どうせ一年後には力が失われるかもしれないわけですから温存したって仕方がないんですよ。余程才能がある子なら力が長続きした場合はヴァルフォースで便利に使えるんですけど、私みたいな何の取り柄も無いヴァルキリーなんて使い捨てにした方がお得なわけですね。なので私もいいように使われました。一年過ぎてからはもう行ってこいの砲弾扱いですよ。友軍が敵勢力圏で孤立したとあればどんなに無茶な状況でも突っ込まされたり、前線が崩れた場合は私のようなヴァルキリーが最後尾にずらりと並んで敵を食い止めたりするわけですね。エースと呼ばれるような子であれば一人で戦車大隊、つまり機動戦車を三十六機くらいは相手にできるようですけど、私とかだとその三分の一も足止めできれば上出来って感じです。それでも充分に死にかけますし。

にしてもメガコーポお抱えのヴァルキリーは報酬面だけなら凄くいいんですけど、危険度を考えるとあんまりオススメはできませんね。メガコーポって世界中に手を広げてるせいで常時戦争状態なんですよ。なので所属するヴァルキリーを突っ込ませる戦場に事欠かないわけです。自分の裏庭、表玄関、勝手口、どこかが脅かされればすぐにドンパチが始まって私達もすっ飛んで行くことになるんですね。例外はインテグラルくらいじゃないですか。あそこは異常に防火がしっかりしてますから。そんなわけで平均的なヴァルキリーの女の子にとって一番おいしいのはインテグラルかもしくはそれなりに裕福で戦争が少ない従来型の大国に所属することですよ。真っ正面からの衝突が少なければエースだけが特殊任務に従事してればそれで済みますし。カルディヤ連邦とかはダメですね。貧乏だし西部戦線はいつも炎上待ったなしって感じですから。待ったなしというか常に火柱が何本も立ってますけど。

それで私の話に戻るんですが、地獄の二年目を乗り切ってからは最初の配属先であった航空団へと戻ることになって、危険度がぐっと減りました。どういうことかというと温情措置です。いつくたばってもおかしくない二年目を生き延びたのであれば、後方へと移してそのまま引退させてあげようという慈悲に溢れた配置転換なわけですね。いやー、ほんとよかったです。もっともそれでしばらく経っても適正が失われないようならまた戦場へと戻されるんですけどね。そうならないのを祈るしかないですよ。特に優秀であればヴァルフォース専業でいける場合もあるんですけど、私はそこまで強くないですからね。でも大丈夫でしょう。私こそはアベレージ、平均値にして中央値、何の変哲もない一般的なヴァルキリーなのですから。明日か明後日にでもあがりを迎えて普通の女の子に戻れることでしょう。いやもう本当にきつい二年間でした……

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「……とまあ、昔はそう思っていたんですよ」

「はあ」

隣を歩く女性の長話が一段落したところで若い下士官は気の入らない相槌を打った。

「ところが気が付けばもう八年目。どう考えてもおかしいです」

握った拳を上下にぶんぶんと振り、ぷんすかと頬を膨らませて女性が自分の運命に抗議する。

「いや、私に言われましても……」

「愚痴くらい好きに言ってもいいじゃないですか」

周防ミルファ。今や二軍どころか一軍の大ベテランにして、ナンバーナイン不動のエースとして君臨する少女、もとい女である。

その才能は緩やかに開花した。一年目は見るべきところのない少女であった。二年目も生き延びたという結果を除けばやはり特筆すべきところはなかった。三年目を越えても同様であり普通のベテランという言葉で済む程度であった。だが四年目が過ぎ、五年目を迎えた辺りからミルファの不気味とも言える特徴が周囲の目に留まり始めた。

とにかく成長が止まらないのだ。一般的なヴァルキリーは一年目と二年目で急激に力を伸ばし、その後の成長は非常に緩やかなものとなるか、あるいは頭打ちとなるのが大半だ。ところがミルファの場合は成長の鈍化や天井など全くおかまいなしである。それまでと同じことをしているだけで年月を重ねるごとに淡々と強くなり、今もそれは続いている。既に基礎能力ではミルファに並ぶヴァルキリーは片手の指で数えられる程しかおらず、あと一年もすれば現役最強の座に躍り出るのではないかと言われる始末である。

「どうしましょうか? 最近は色々と落ち着かなくてむずむずしてたまらないわけです」

「ですから私としては答えようが……」

「今の状況は私にとって不本意かつ不似合いです。いわばTKDOな状態といえます」

「なんですかそのTKDOって」

「ちょっとこれはどう考えてもおかしい」

「………」

おかしいのはあんたの頭だよという言葉を飲み込み若い下士官はこんな人がトップエースでいいのかと暗澹たる気持ちで表情を曇らせた。

「ともかく断固反対です。改善を要求します。いつまで続くんですかこれ」

属する国を問わず企業を問わず、力が長保ちしすぎるヴァルキリーが抱える悩みは皆似たようなものであった。