夢ソフト

■ scolding

「確かに新車を買うとは言ってたが……なんじゃ、こりゃ」

「見ればわかるだろ、戦車だよ戦車。引退後はこれで遊ぶのさ」

                                ――石動カズサ、同僚に向かって

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「番号ー」

広いロビーに点呼の声が大きく響く。声の主は変わり映えの無いワンピースを着た宝鏡メイだった。

「イチ」

「にーぃ………」

「ぐう……」

応じたのはいずれも寝惚け眼を擦る三名の少女達。内一人はまだ寝ていたがとりあえず三名である。

「なんじゃそのやる気のない声は」

場所は国家企業法廷執行局十四番宿舎。神凪アイを筆頭に軌道の法廷が擁する精鋭の少女達が住まう施設である。大きさとしては百人以上が居住可能な施設だが、事情により現在の住人は僅かに五名だけであった。

「なんじゃって言いたいのはこっちの方よぉ……こんな夜中にどうして集合掛けられなくちゃいけないわけ?」

ナイトキャップを被った少女、水無月ユーラがメイに向かって不満の声を漏らす。窓の外に見える空は暗く、今はまだ日の出の時刻すら迎えていない。スクランブルが必要な緊急事態ならともかくとして快適な眠りを大音量の放送で妨げられ「さっさとロビーに集合しろ」と有無を言わせぬ命令を下されたとあっては機嫌が悪くなるのも無理からぬことだった。

「ああ? そんなのわらわの都合に決まってんじゃろうが。こっちに寄れる時間が今しかなかったんじゃよ」

「いい迷惑……」

神凪アイ。欠伸をしながら答えた。メイの横暴には慣れきっているのかそれほど怒っている様子ではない。

「ぐうぐうぐうぐう……ぐぐう」

桜庭エリカ。両鼻に出来た鼻提灯を左右交互に膨らませながら言語とは程遠い唸り声を漏らす。

「ほら、エリカだってメイは勝手だと言ってるわよ」

「ええい、いちいち翻訳されんでも理解できるわ」

「私は完全じゃないから翻訳してくれると助かる……」

「そうなの? ほんとアイは駄目ねえ。もしユーラに跪いて教えを請うのであれば特別にエリカ語のレッスンしてあげてもいいけど? 十日もあればきっとマスターできるわ」

「そこまでして覚えたくないからいい」

「ぐぐう、ぐう……」

「うん? 全員揃ってないがええのかと? ええんじゃよ。今日はおぬしら三人に用事があって来たんじゃからな。他の二人の部屋にはそもそも放送入れとらんから来るわけないわ」

「なら、さっさと本題に入って欲しい」

「そうね、その通りよね。ほらメイ、さっさと用事を済ませなさいよ」

「おぬしらがぺちゃくちゃぺちゃくちゃ喋っとるから時間食うんじゃろうが……」

「いいから早く……」

「んじゃー、本題に入るぞ」

メイがわざとらしく一つ咳払いをする。

「……おぬしら、最近ぜんっぜん勉強してねえじゃろ」

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

「………」

三者三様の沈黙。一人はそれがどうしたとばかりに表情を崩さず、一人は気まずそうに視線を逸らし、一人は既に寝ているが寝たふりをした。

「普段の訓練を優先した。私の判断は正しいはず」

「え、えっと、ユーラは忙しかったのよ、ほら、レディーだもの! やることがいっぱいなの!」

「……………」

三者三様の弁解。一人は自分の正しさを訴え、一人は不可抗力だと言い逃れ、一人は糾弾が事実なのでぐうの音も出なかった。

「おぬしらなー、引退後のことも少しは考えろと言っとるじゃろーが。どうすんじゃよマジで」

「その時になったら考える。そもそも生き残れるかどうかもわからない」

「……わらわの管理下にあった小娘どもで、引退前に死んだ奴なんぞ一人もおらんが?」

「知ってる。でもそれは昨日までのこと。今日明日のことはわからない」

「融通の効かん奴じゃなー……」

「引退後のことなんてお金があればどうにでもなるでしょ。エリカたちの口座がどんなことになってるかメイが一番よく知ってるんじゃないの?」

「ああ、よーく知っとるわ。おぬしらの給料は元を辿ればわらわの財布から出とるんじゃからな。で、おぬしらは手にした金を食い潰さずに維持できるのか、っつー話じゃよ。親無し親戚無し友達無し、何より脳ミソが致命的に足りとらん。無い無い尽くしのおぬしらがどーやって自分の身を守るんじゃ」

「……それを言われると弱い」

「うぐう」

「だ、だったらメイがユーラたちをきちんと保護しなさいよ。元はといえばメイが勝手にユーラ達を拾って来たんじゃない!」

「アホか。おぬしらなんぞヴァルキリーじゃなくなったら用済みでポイよ。すっぱりと縁切りじゃ。一人でどこへなりとも勝手に行けい。ズルズルと世話焼いてうっかり人質に取られたりすると無駄な労力使うからの。いちいち救出して親分としてのメンツを保つ手間も馬鹿にならねえんじゃよ。余計な保護は与えん。それがわらわのジャスティスじゃ」

「むう……」

「ぐう……」

「おぬしらもちっとは逢坂の奴を見習ったらどうなんじゃ。んー?」

「コハクは単なる引きこもりじゃない!」

「あやつはもう自分の財産を自分で管理しとるが? メガコーポのひとつやふたつがぶっ飛んだところで深刻には困らん程度のポートフォリオを組んでおる。引退後の住居、ボディガード、その他身の回りの諸々についても手配済みじゃよ。任務でもなければ絶対に部屋から出ないのは如何なものかというところではあるが、おぬしらよりはよっぽどマシじゃ」

「だったらミカゲはどうなのよ!」

「倉敷はなー、ありゃホンモノのキジルシだから仕方ねえわ。どっか適当な病院に放り込むしかないじゃろ」

「結局全員厄介払いするんじゃない! メイのバカ! 無責任! 人でなし!」

「怒鳴るでないわ鬱陶しい。まー、今日の用件はこんだけじゃ。おぬしら目の前で言わないと完全にスルーこくからな。神凪は多少訓練の時間を減らせ。水無月はわらわの用意した学習ソフトが嫌なら逢坂にでも頭を下げて生活の知恵を身に付けろ。桜庭は勉強している時だけ起きてもよいぞ」

「前向きに善処する」

「わかった」

「ぐうぐう……」

「さっさとどっか行きなさいよ!」

「あーあーもう帰るわい。じゃが来月になっても何も改善せんかったら次来た時はパンチくらわすぞ。覚悟しとくんじゃな」

メイが足早にすたすたと出口に向かって歩きながら上半身を振り向き、少女達に言い聞かせるように指さししたが、間もなく自動ドアを潜り抜けてその姿は見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

「………」

「で、どうするのよエリカ」

「……ぐうぐう」

「え? めんどくさい? だけど何もしなかったらメイはたぶん本当に殴ってくるじゃない……」

「ぐぐう、ぐうぐう……」

「寝ている間に殴られたってなんてことはない、ユーラも同じ手段でやりすごすべき、って……そんなの無理に決まってるでしょ! ああもうエリカに聞いたユーラがお馬鹿だったわ。アイはどうなの!?」

「どうもしない」

「は?」

「私は訓練を優先する。さっきメイが言ったことは優先順位が低い。後回し。私に何が必要かは自分で決める」

「面従腹背もいいところね……でもそうね、そうよね、メイなんかに指図されるいわれはないわ! ユーラはユーラのしたいようにするのが一番なのよ。アイもたまにはいいこと言うじゃない!」

「……でもソファーに寝っ転がってスナック菓子食べながら夜中までメロドラマにうつつをぬかすのはレディーの仕事じゃないと思う。ユーラは生活態度をあらためるべき」

「いいじゃないそれくらい!」