夢ソフト

■ prior knowledge(3)

「いい加減、音を上げたら?」

「ギブアップは趣味じゃない……」

「あ、そ。なら続けるわよ」

                ――月影アヤカ、マウントポジションで神凪アイを殴打し

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史上初めて人類の前に姿を現した女性と思しき永世者はその身形から翠緑と呼称され、彼女は言外のものを含めて幾つかの情報を残した。その中で最も重要で、かつ問題なのは”彼女が人語を操る”ことであった。もし超常的な力を発揮したのが件の飛行体だけであれば話は単純とは言わぬまでも諸国の対応はまとまりのあるものとなったかもしれない。あるいは言葉を話すなら話すで一方的な戦闘開始を宣告されれば人類は一致して抗うことを選べもしただろう。ところが翠緑の永世者の立ち位置はなんとも中途半端なものだった。正体不明、目的不明、意思疎通を図ろうにも既に目の前から消えられては機会もない。そして飛行体が消滅してから暫くの間は特に新たな事件というものは発生せず比較的平穏な状態が続いた。その間にも相変わらずコアは世界中に発生し、多数の少女達が可能性追求の犠牲となった。事件を踏まえて各国が選んだのは結局のところ周囲を警戒しながらのヴァルキリー開発である。コアからもたらされる力によって件の飛行体を撃滅しうる武力を手にした場合、それは単純に後日の覇権へと繋がりえる。そもそも多数の国家間で緊密に共同して開発を行ったところで進展著しいものとなる保証はない。ヴァルキリーの開発は過酷な人体実験が伴うという倫理的な問題も抱えており、その方針を束ねるだけでも一苦労である。ならば自分の庭で好き勝手に進めた方が効率的だという判断が次々と下され、それを素早く実行に移した者がヴァルキリーの開発競争における初期のリードを稼ぐことになった。

ヴァルキリーという兵器の開発において最初の壁として立ち塞がったのは、単純にコアを取り込んで得られる以上の力を如何にして発揮させるかという点である。この時点で少女達の能力を向上させるべく行われた実験は様々だ。思いつく限りの全てが試されたと言ってもいいだろう。中でも極端な部類では、コアに男性等が触れれば精神を喪失するという点に着目し、コアは人間の精神を吸収して力に転換できるのではないかという思い付きを元にして、死刑囚や長期刑の囚人数百余名に触れさせたコアを少女と融合させた例もある。もはや何でもありという状況だった。

ヴァルキリー開発における飛躍をまず果たしたのは最初期のメガコーポとして既に大国にも等しい規模を獲得しつつあった那岐島、その基幹企業たる那岐島エレクトロニクスである。那岐島やその他のメガコーポは現況の混乱こそ最大の好機と位置づけ、意思決定の速度と資力を頼りに多量のコアを貧困国や経済の行き詰まった国家から買い付けていた。従来国家もその行為に対して指をくわえて眺めるだけではなかったが、獲得への力の入れ方には歴然とした差が存在し、金で買えるコアはその大半がメガコーポの元へと集まっていった。そもそも予算の組み方からして違うのだ。特に創業者やその一族が指揮を執るメガコーポは大戦時における独裁国家顔負けの強権で己の進路を定めていた。

さておき那岐島エレクトロニクスがヴァルキリー開発において最初に成し遂げた偉業は、少女達に“武器”を装備させ、その破壊力を大幅に引き上げたことだった。とはいえ武器を装備させたといっても、ただ持たせたのではない。コアを取り込んだ少女に既存の白兵武器や火器を後から持たせたところで変化らしい変化はないのだ。例えば刀剣類であれば特に強度が変わることもなく、火器であれば威力は弾の形状と火薬にやはり依存する。それならばコアを取り込んだ少女が素手でも打ち出せる衝撃波を使わせた方が余程マシであった。少女達は攻撃の意思を持ちながら身体を振るうことで対象に打撃を与えられることは広く知られていた。暴走した少女達はいずれもそうして破壊を振りまいていたのだから。では少女達に刀剣類や団扇、金槌や火器を持たせて衝撃波を放った場合はどうなったかといえば、若干ながらも差が生まれ、基本的には武器類を持たせた方が強力であった。少女達が身一つ動かさずに衝撃波を生み出せるかという実験も行われたが、モーション無しでの破壊行為は不可能であった。そしてコアを取り込んだ少女達の身体能力にはいずれもある程度の差が存在したが、コアを取り込む前の身体能力との確たる相関関係は見られなかった。那岐島は様々な実験を経て少女が取り込むコアへの細工こそが能力を爆発的に引き上げる可能性を持つと結論付け、コアとそれ以外の物体を”まとめて”取り込ませる手法の発見に邁進する。少女がコアと同時に取り込むべき物は”武器そのもの”が第一候補とされた。それを実際にどう行うかという点を除けば、那岐島は正解に至るルートをいち早く見つけ出したのである。