■ prior knowledge(4)
「綺麗事などクソくらえよ。私が導き、私が救う。 ここに宣言する。今、この時より、私自身がオルニックです」 ――鉄血女王、拘束した閣僚達を前に
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那岐島はコアと武装をまとめて取り込むという目標を定めはしたが、それを実現するまでの間には無数の失敗を重ね、多くのコアを失った。用いられた手法はコアを”溶かす”ことである。単純にコアを熔解させるところまではさしたる苦労もなかった。だが武装そのものをコアに取り込ませるとなると、どう行えばいいのか皆目検討もつかなかった。熔解し高温の液状となったコアに様々な物体を入れて溶かし込み、凝固したコアを少女に融合させても特に今までと変化は見られない。それでも那岐島のスタッフ達は実験の度に僅かながらも得られる手掛かりを頼りに前進を続けた。最も大きな発見は、熔解したコアに不純物を混ぜ込んだ場合、再凝固したコアは若干ではあるが質量が減じていたことである。つまり不純物の一部は文字通りに何処かへと消えたのだ。那岐島はこの現象こそコアに物質を取り込む機能が備わっている証と見なし、設備への投資を更に加速させた。そしてより多量の物質を形状と機能を保ったままコアに取り込ませようと腐心した結果、たった一つの小さな刃ではあったが、その存在をコアの中へと消し飛ばすことに成功したのである。試みを成功させるにあたり、最後は神職を招いて祭祀を執り行わせるあたりは真州系メガコーポらしい一面ではあった。
完成したコアは早速一人の少女に与えられた。融合した時点では特に変化はなかったが、少女はまるで自分の持ち物であることが最初から解っているかのように、虚空から一本の刃を取り出して掌へと納めた。次いで那岐島の研究スタッフによる命令通り、裂帛の気合いと共に少女が大上段から刃を振り下ろした結果は、その場に立ち会った全員を驚愕させるのに充分なものだった。無加工のコアを単純に取り込んだ少女とは桁違いの破壊力、正面の木々は地面から根刮ぎ抉られて吹き飛び、射線上の遠くに聳え立っていた山には頂から麓に至るまで縦一文字に大きく切り裂かれていたのである。スタッフ達は誰もが悟った。自分たちが生み出したこの兵器により、世界は全てが変わらざるをえないということを。
かくして”人の手によるヴァルキリー”を世に先駆けて生み出した那岐島だったが、試みが成功したら成功したで新たな問題を抱え込むこととなった。少女が全力で力を何度も振るえばあっさりと力を喪失するという、早期に発覚した運用上の問題もさることながら、最も深刻なのは本当に掘り当ててしまった常識外れの力は事前の見込みを遙かに上回るものだったという点である。極秘裏に行われた評価試験において、少女を一定数揃えることであらゆる通常兵器による飽和攻撃も確実に近いレベルで防ぎきるであろうという結論が導き出されるに至っては頭を抱えるしかなかった。一足早く災厄の箱を開いてしまったことで、手にした力を果たしてどのように用いれば自社と人類全体に寄与するかという崇高な悩みを誰よりも深刻に考える機会を得た那岐島であったが、幸か不幸かその苦悩と逡巡が長続きすることはなかった。コアとは異なり、何ら手を加えずとも適正を持った少女に巨大な力を与える武装が世界中にて発見されたからだ。それらの武装はアーティファクト、あるいはすぐに使えるという特性から"現物”と呼称された。
現物とコアの共通点は多い。地表の何処かに突如として出現し、淡く発光し、そして人が触れた場合は精神を喪失させるか、少女の暴走を招くか、あるいは意のままに操ることが可能である。違いはその形状と力のスケールであった。コアが球体であるのに対して、現物はその全てが最初から”何らかの道具”としての形状を持っており、その大半は原始的な刀剣や弓といった武器だった。最初の現物は那岐島が兵器としてのヴァルキリーを生み出してから間もなく発見された。コアという前例があるため人々も不思議な発光体である現物へと迂闊に触れようとはしなかったが、それでも”球形ではないから世間を騒がせているものとは別物だろう”という適当な判断から少女が現物に触れるという事件が発生する。この事件による被害は、それまでの暴走事件を遙かに凌ぐものとなった。現物に触れた少女は那岐島が生み出した兵器と同等の力を辺り構わず振るったのである。悪いことにこの時の少女が触れた現物は"杖"だったとされている。後年、世界中にその名を轟かせたセブン・シスターズの例に見られる通り、"杖"は現物の中でも特に強力、あるいは特殊なものが多い。暴走した少女は飛行能力も発現させて無軌道に近隣の空を飛び回っては目に付いたものを端から破壊した。ただのコアに触れて暴走した少女に対しては素早く航空爆撃で無力化するか、市街地であれば歩兵が少女の気を逸らしながら捨て身で時間を稼ぐのが定番の対処法だったが、現物と融合した少女に対して打つ手があろうはずもない。例外はその時点で唯一、ヴァルキリーの"製造"に成功していた那岐島だけであった。
事件が発生した場所は那岐島有する実験場からさほど距離が離れていなかった。理性を喪失した少女が高速度で飛行しながら破壊行為を繰り返しているという報は瞬く間に世界中を駆け巡り、その無軌道ぶりから少女の活動は軍事的意図を有するものではないと判断された。暴走自体が故意に起こされたという可能性は依然として残っていたが、那岐島は降って湧いたこの機会を最大限に活用することを選択した。即ち"自社兵器"による少女の撃滅である。那岐島は自社がコアを元にした兵器を可能な限り秘匿することに務めたが、那岐島が開発に成功したこと自体は既に公然の秘密として知られていた。また那岐島は苦労して生み出したヴァルキリーの製造レシピについてもいずれの流出が避けられないことを予見していた。ヴァルキリーが世界を変える力を持つ故に、一企業国家による技術の独占に危惧を覚える"良心的な社員"が情報を他者に渡すことを確実視していたのである。那岐島はヴァルキリーを巡る産業は遠からずある程度の淘汰を経てから市場原理に基づいた熾烈な競争が行われることを見越していた。であれば自社はその業界に燦然と輝くリーディングカンパニーとして君臨する道を征くというのが那岐島の下した決断であり、その第一歩を踏み出す好機こそが今だった。
暴走する少女の制圧という命令を受け、刃を携え現地の空へと急行したのは四名の少女達だった。いずれも自由意思を剥奪され、理不尽な命令と過酷なテストに耐えうるよう調整された"実験体"である。那岐島は彼女達の出撃と同時に全世界に向けた公開プレゼンを開始する。那岐島の代表者は二年に渡る研究によりコアのもたらす未知の力の一端を解明したと壇上で高らかに謳い、その成果を今から披露することを宣言した。間もなく暴走する少女と那岐島の実験体四名は会敵、交戦状態に突入する。ここで万が一にも敗れるようでは那岐島の名声は地に墜ちることを免れなかったろうが、四対一という数的有利は多少の個体差を補い圧勝するのに充分であった。那岐島は交戦終了後に自社が生み出した兵器の販売計画についても含みを持たせた発言を行い、このデモンストレーションを経て那岐島は良くも悪くも新たな時代に足を踏み入れた存在として己を印象付けることに成功した。
それから暫くの空白期間を経て、先行する那岐島の後を追うように幾つもの国家、企業がヴァルキリーの開発成功と配備を宣言する。その中にはオルニック王立装甲錬金廠のように名を変えて今に残る有力メーカーも含まれていた。最初のコアが発見されてから僅かに四年。既に全世界で製造されたヴァルキリー及び見出された現物の総数は軽く百を超え、星を数度焼き尽くして余りあるこの武力によって史上類を見ない災厄の時代が訪れようとしていた。 |