夢ソフト

■decisive game■

「あのう、これは対戦車用の武器でして、ヴァルキリー相手に使うことを想定してないんですが……」

「当たれば効くことはオルニックの魔女を相手に検証済みよ。問題ないわ」

                              ――月影アヤカ、試合前の調整にて

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場所は北方、盛夏の季節。いかに北の大地といえども暑いものは暑い。空調設備の不調で熱気籠もった官舎の一室で、幾人もの娘達が団扇を手にして涼を取り、遙か遠くの大陸で行われている試合の中継に見入っていた。

「教官、慎重に行ってますね」

「どっちもだろ」

「教官と雨宮の戦績ってどうなってましたっけ?」

「えーと、教官、教官、教官、雨宮で三勝一敗」

「雨宮が新型なのは前回からだよね」

「分が悪いよなあ……」

「おーい、アイス持ってきたよー」

「あ、食べる食べる」

「お前らなあ……もうちょっと緊張感持てよ」

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決戦が行われていた。月影アヤカと雨宮セシルによる大一番。赤い機体が流星のように試合場を駆け抜け、追いすがる無数の誘導弾が白煙をたなびかせて螺旋を描く。時折甲高い音が鳴り響いては目標を逸れた弾丸が地を削り、、多銃身の機関砲が唸りを上げて反撃の弾雨を迸らせる。両者一歩も譲ることなく手にした火器を振るっていたが、いずれも相手に致命打を与えるには至っていない。

試合開始以来、アヤカとセシルは互いに距離を取り合っての射撃戦に徹していた。通常の試合であればとうに決着が付いていても不思議ではない程の長時間が既に費やされていたが、そこには両者とも見切り発車の冒険的攻勢には出られぬ事情があった。

第一に政治的な側面である。月影アヤカと雨宮セシルは共に一国を代表するトップエースに他ならず、両者の激突は二国間が目下抱える大きな懸案事項がヴァルフォースの舞台に乗せられたことを意味し、中でも今回は最大の物が取り扱われていた。即ち領土問題である。とはいえ、いかにヴァルフォースといえども領土の帰属がただ一度で決することは滅多にない。たとえこの試合に勝利したとしても、当該領域を支配下に置くまでには猶予期間が設けられ、その猶予期間中に再戦を挑み勝利すればそれで済む。だが、真の問題は当該領域以外の場所にも存在していた。

セシルが属する真州連合共和国の現在の政権与党及び政府は言うなれば穏健派である。しかし総選挙を間近に控え、その低調な支持率から、このまま選挙を迎えれば敗北は必至というのが大半の予想だった。翻って今の最大野党は疑う余地無きタカ派である。もし選挙を経て政府の首がすげ替わるようなことがあれば、両国間は一気に開戦に近付くという見方が強い。その理由は第三世代機フレイムリリーの正式配備が完了したことにあった。両国間のパワーバランスはここ数十年では類を見ないほど真州側に傾いており、これを期に前世紀の大戦で奪われた領土を恒久的に取り戻すに止まらず、数世紀分を遡って版図を割譲させるべしと暗に野党は主張していた。

しかし大国同士の戦争がそこまで軽々と起こるものなのかといえば、これはもう起こる時は呆気なく起こるということは歴史が証明していた。産業革命期を越え、石油の時代が訪れ、高度情報化社会への変容を迎えようとしていた頃、世界の経済的相互依存が強まることで従来型の戦争が激減するという論調が生まれたが、そのような時代が訪れることはなかった。ヴァルキリーの登場と、圧倒的な力と富を武器として好き勝手に振る舞う永世者の存在がそれを許しはしなかった。この世の理を知る者は誰しも口を揃えて言う。この世界において陰謀論は常に正しい、と。

ともあれ真州連合共和国を代表する雨宮セシルにとって、この一戦は己の国を戦火から遠ざける為のものである。ここで自分が勝てば与党の支持率は低調ながらも浮揚を見込め、来る総選挙で過半数を確保し今まで通りの膠着状態を維持できるというわけだ。だが、色々とすっ飛ばしてセシルの心情を纏めてしまえば、エレナを戦場に立たせるにはまだ時期尚早であり、せめてもう一〜二年は待ちたいというエゴ剥き出しの理由であった。

対してアヤカの側にも負けられない事情はある。半年前、当該領域の領有権を巡ってセシルと対決して敗れたのが痛恨だった。その試合によって当該領域は三年後に真州側の手に渡ることが決定した。そして今回もアヤカがセシルに敗れるようなことがあれば、その猶予期間は二年に縮む。既に半年が経過していることを考慮すると、今から差し引き一年半後になるというわけだ。では、その一年と半年の内にヴァルフォースで真州を下して当該領域を取り戻せる見込みがあるのかといえば、悲しいまでに無かった。

凍土と内戦の火種は売るほどあるが、機体と人材には恵まれぬ国家である。主力機たるステイルメイトは時代遅れの旧世代機であり、新型がロールアウトする予定もない。また人材についても月影アヤカの他にエースと言える娘は居らず、その唯一頼りとなるアヤカにしてもいつ力を喪失して引退しても不思議ではない。ヴァルキリーの娘に対するモスボール処置という珍奇な技術だけはモノにしつつあったが、これも実際に処置してみなければ成功するかどうか不明という代物であり、アヤカの力を凍結して新型機が出た頃に解凍するプランなど到底採用できるものではなかった。つまるところ、もう後がないのだ。今回アヤカが勝てなければ、当該領域はそのまま真州側に渡る可能性極めて大であり、国威と権益とそこに住む人々の為にもこの試合でアヤカに敗北は許されていなかった。もしここでアヤカが勝利することで両国の開戦が現実となるのならその時はその時だ。苦境に立たされているくせに思い切りだけは良いのは明日より今日を尊ぶお国柄故である。

そして両者の戦いが長引いている理由の二つめは戦術的な部分にあった。アヤカはセシルとの決戦に備え、通常であれば用いない武装を用意していた。それは左腕に装着した巨大なパイルバンカーである。前回の試合で敗れはしたものの、アヤカはフレイムリリーを駆るセシルと戦うことで一つの教訓を手にしていた。その教訓とは、まともにやっても勝てないという、政府首脳部がオブラート無しに聞かされれば白目を剥くような現実であった。決してアヤカが弱いわけではない。試合運びの技量を比較すれば僅かな差ではあるがアヤカに軍配が上がる。だが第二世代機ステイルメイトと新鋭機フレイムリリーの差は、その僅かな差を埋めて有り余るものであり、まともにやっても勝てないという結論に至らざるを得ないのだ。アヤカが用いる現行機にはフレイムリリーを打ち倒すに足る瞬間的な火力に欠けていた。ステイルメイトが装備する誘導弾と機関砲そのものは火力に溢れる武装だが、撃てば全弾が直撃するほど都合が良い武器ではない。

攻撃を散発的に当ててもセシルを倒すことはできない。求められているのは重い一発だった。ステイルメイトは武装のバリエーションだけは豊富な機体である。対物ライフル、ロケットランチャー、あるいは十フィート棒など様々な選択肢が存在したが、己の熟練度等を考慮した結果、アヤカが選んだ武器はパイルバンカーであった。ヴァルキリー同士の戦闘において、重量級の白兵武器は時に大口径徹甲弾以上の威力を持つ。その武器を選んだ時点でアヤカの基本戦術は決した。どうにかしてセシルに接近し、必殺の杭打ち機を叩き込む。他の武装はそのための布石に使う。道中がどのような展開になろうとも、パイルバンカーさえ当てれば全ては帳消しだ。……言うは易く行うは難しの典型としか言いようが無い戦術である。全力で警戒されること必定な武器を直撃させる苦労たるや並大抵のものではない。だが、それを成し遂げる必要に迫られているのが今のアヤカの立場であった。

一方、背水の陣を敷いたアヤカに向き合うセシルの側も、前戦を踏まえて狡猾なセットアップを選んでいた。セシルの機体、フレイムリリーも多彩な武装が選択可能なマルチロール機である。美澤エレナの近接特化仕様の方がむしろ異端な構成であり、背部にハードポイントを設け、左右の手にも何らかの武装を搭載するのがフレイムリリー本来の姿だった。そしてアヤカとの試合に臨むセシルが選んだ構成は、メインウェポンとして大口径のライフルを、そして背部には武装を搭載せず、安定制御と引き換えに更なる機動性を求めて追加ブースターを装着するというものである。その選択から導き出されるセシルの戦術は明快だ。飛来する誘導弾は速度に任せて強引に振り切り、遠距離から大威力のライフルでアヤカを狙い撃ち、寄らせることなく撃破する。時間は掛かるだろうがリスクは少ない。つまりセシルはアヤカが何を企み、どのような武装で自分に挑むかを完全に読んでいた。アヤカにしてみれば己の選択が読まれることも織り込み済みではあったが、セシルがあからさまに逃げを打つ装備で試合場に現れたのを目にした時は、ああやっぱり、そう来るとは思っていたけど面倒ねえ、と心の中で重い呟きを漏らした。

斯様に面倒な事情、当事者の思惑を乗せて今も戦いは続いている。両者が背負わされた荷は重く、この試合には一瞬一瞬に慎重な判断が求められていた。とはいえ永久に続く戦いなどあり得ず、いつかは覚悟を決めて勝負を仕掛けねばならない。

――いかなる手段を用いても勝利せよ。

方や大統領から、方や首相から、必勝を期すよう二人は訓示を受けている。そうした言葉は通常であれば関係者の意義込みと希望を示す程度の意味しか持たない。だがこの試合に臨んだ選手の片方は、最高責任者の言葉を都合良く解釈し、非常の手段を用意していることを今はまだ誰も知る由はなかった。