夢ソフト

■ School life ? (1)

「止めないで頂戴。私は全てを忘れ、全てを投げ出し、普通の女の子として生きたいの」

「ここ百年程は聞かん台詞じゃったが……まーた始まった」

                                     ――青と虹

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「……で、そこって本当に普通の学校なんでしょうね?」

「それは勿論。普通も普通だよ。むしろ普通すぎて面白味がないくらいだな」

「ヴァルキリーが結構通ってるわりにはのんびりしてますよね。荒くれた健康優良不良児の群れを束ねるような番長もいないですし?」

「いや、そんなのはいらないですから」

美澤エレナがヴァルキリーとしての適正を告げられてから既に十日が過ぎていた。ヴァルキリーであると告げられた夜に行われた突然の襲撃を切り抜けてからエレナは軍病院へと叩き込まれ、連日に渡る問診と精神鑑定、そして身体検査を経てヴァルキリー化の処置を受けたのである。処置とはいっても眠っている間に行われたようで、ある日の起床後に医療スタッフから「あ、美澤さん、今日からもうヴァルキリーですから」と軽い調子で言われた時には流石にエレナも「はぁ?」と素っ頓狂な声を漏らすしかなく、自分が荒唐無稽な力を持った人間兵器となったことに実感を持てなかったが、その後に行われたヴァルキリーとしての身体能力テストで分厚い鋼板も障子紙の如く簡単に突き破れてしまう自分の破滅的な鉄拳を見てしまっては事実を認めるしかなかった。

そして現在、処置後の経過も良好ということでめでたく退院を果たしたエレナは、真州当局要員であるところの田中イチローと山田カレンの両名と共に、エレナが以後通うことになる半寮制の学校へと向かう自動車に乗せられていた。車内の運転席には山田が、助手席には田中が座り、エレナは後部座席を独り占めという状況である。

「真面目に言えばヴァルキリーには比較的理解のある者が多い場所であることは確かだ」

「ヴァルキリーがどういうものかしっかり教えられているとか?」

「まさか。無理矢理教えただけで理解が出来るのならば苦労はないな。それこそ我が身かそれに近い事として触れた経験がなければ適切な態度を取るのは難しい。子供であれば尚更だよ。さて美澤、ここで一つ問題だ。お前と同じ年頃で、ヴァルキリーに対してやたらと浮ついた興味本意の接触や余計な行為を行わないのは一体どういう者達だと思う?」

「……親か姉妹か、あるいは近しい親族がヴァルキリーな人達でしょ」

「正解だ。そういう連中が一定数居るだけでも不適切な雑音へのカウンターウェイトとしては充分というわけさ」

「味方はいるから深刻ぶらずにやれと?」

「そんなところだ。加えて言えば俺達にとってもその環境は実に都合がいい。お前らのメンタルケアのために些細な問題へといちいち介入するのも面倒だからな」

男、もとい田中イチローの身も蓋もない言葉にエレナは半ば呆れ顔になったが、面倒と言うのであればそもそもヴァルキリーを学校に通わせること自体が間違いなのではなかろうかと思わずにいられない。学校になど行かせず一般人とは完全に隔離する方が管理は遙かに容易な筈だ。にも関わらず彼らはエレナに対して学校に通えと言うのである。無論、エレナとしても表面的にとはいえ今までに近い生活を送れるというのは決して悪い話ではないのだが、果たしてそれがどこまで人道的見地や善意に基づいた施策なのかというところにエレナは疑いを持っていた。

「そんなに不思議か?」

「……あたしは何も言ってませんけど?」

「表情と呼吸は口よりもわかりやすく物を言う。これから学校へ通うということに今もお前は半信半疑だ」

「…………」

「どうしてかを一から説明するのは時間が掛かるから理由を簡単に教えてやる。まずこの国の娘を育成する場合は学校にでも通わせる方が強力なヴァルキリーにできる見込みが高い。下手に負荷を与えすぎると簡単に潰れる。もっともお前に限れば最初から凶悪なブートキャンプに放り込んでも良かったんだが、お前の教育係をする予定のヴァルキリーは今も在学中でな。そっちの方にお前を合わせることにした。要するに俺達はお前の都合や将来のことを特に考慮してはいない」

「そうですか、わかりました。期待通りの答えをありがとうございます」

「納得してくれれば何よりだよ」

男は腕組みをしたまま鷹揚に頷いた。と同時に男の知覚野へと一対一の通信が流れ込む。発信者は運転席に座る女、もとい山田カレンであった。

『どうして毎度毎度そうやって憎まれ口を叩きますかね』

『事実だからな』

『そりゃまあそうですけど少しは恩に着せてもいいんじゃないかと思うんですが。私たちが何もしていなかった場合、補充の順番や家庭環境を考えると美澤さんは間違いなく欠員の出た例の中隊に組み込まれていたかと』

『そうなれば今頃は学校に通うどころか人格洗浄された上で隠密作戦向けの愉快な訓練を行う羽目になっていた。だから俺達に感謝しろ、か?』

『ええ』

『馬鹿も休み休み言え。美澤の調査票からエース候補と見込んで横取りをしたのも結局は俺達の都合だろう』

『たとえ相手に救う気なんか無かったとしても、その人の行為で結果的に救われたのであれば結構恩を感じちゃうものですよ?』

『……それはお前の体験談からか?』

『そうですそうです』

『なるほど。だが南雲、お前は肝心なことを忘れているぞ』

『といいますと』

『その理屈だとそもそもオルニックの連中を追い返してアイドル美澤の誕生を阻んだ俺達こそ、美澤個人の幸福にとって最悪の実績を持つわけだが、そこについてはどう思う?』

『……そういえばそうでしたね』

『俺達に都合のいい話ばかりを並べ立てると事実が明るみに出て破綻した時が面倒だ。話せる範囲のことについては下手に誤魔化さずに話して普段から嫌われているぐらいが丁度だろうさ』