夢ソフト

■ School life ? (2)

「どこで!? どこでそれを手に入れたのかしら! 其は強大なる迷宮王国!

 でもいいわ、いいわ、なんでもいい! さあ、遊びましょう即時即刻今直ぐに!」

                               ――第六世界

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「さて到着と」

目的地である学校に辿り着き、車両が駐車場の隅で停車する。勝手知ったる場所なのか田中と山田は車から降りるや特に迷う様子もなく歩を進め、荷物を抱えたエレナも彼らの後を追った。

「私は他の子の様子を見てきますけど……帰りは一緒でいいんですよね?」

「多分な。美澤を寮まで連れて行った後の用事が幾つかあるが、終わる時間はお前の方と同じぐらいだろう」

「了解。じゃ、美澤さんまたね」

小路の分かれ道で手をひらひらとさせながら山田カレンはエレナ達とは別方向に去って行く。口ぶりからすると恐らくここにはエレナの他にも何人かのヴァルキリーが存在し、山田はその少女達の様子を確認して回るのだろう。

「お前はこっちだ」

自分に付いてくるよう促し男がエレナを先導する。

「そういえば、さっき車の中であたしの教育係がどうこうって言ってたけど……」

「言ったな」

「その人ってやっぱりヴァルキリーなわけ?」

「ああ」

「どんな人なの」

「会えばわかる」

「いや、そりゃそうだけど……」

「今日からそのヴァルキリーがお前のルームメイトになる。適当に上手くやれ」

「大事なことをさらっと言うわね……あたしとその人が相性悪かったらどうすんのよ」

「知るか。その時はその時だ」

「あっそ」

それきり会話は途切れ、エレナと男は林に囲まれた道を無言で歩き続けたが、しばらくすると視界が開けた場所へ着き、様々な施設が眼前に現れた。建物は真新しいもあれば老朽化の著しいものもあり、当初から学校として利用されていたのかまではわからないが、この場所自体は大戦以前から存在していたであろうことが見て取れる。

「そこの女子寮だ。教育係にはお前を迎えに入り口まで来るよう今声を掛けておいた。あまり待たせるなよ」

男が建物の内一つを指差し、案内はもう終わりだとばかりに踵を返す。

「はいはいわかりましたよ」

遠ざかる足音を背にエレナが小さく呟いた。エレナも至れり尽くせりの手配を期待していたわけではないが、最後まで送り届けもしないとは何とも適当なものである。だいたい学校に行けと言われたのも今朝のことで、ルームメイトがいると知らされたのもつい先ほどのことである。明日から学生として、ヴァルキリーとして、具体的にどのように過ごすのか、子細については何も教えられてはいなかった。

(まあ放置されるのには慣れてるから別にいいけどね……)

社会的にはともかく人格的には保護者不適格な親族に引き取られて以来、自分の事は自分で片付けてきたのがエレナである。多少ぶん投げられた扱いをされたところで何ほどのこともなく、むしろその方が有り難いといえば有り難い。身に着けた個人端末を操作し、自分のストレージを再確認すると案の定そこには本日発行されたばかりの学生証が存在した。既に認証済のようで学内のウェブマトリクスにも滞りなく接続可能だ。エレナは女子寮へと歩き続けながら自分に必要な情報の斜め読みを始めていた。

(……本当にここなわけ?)

そうこうする内に目指す女子寮の元まで辿り着いたものの、近寄って見れば見るほどその建物は古さが際立っていた。補修はしっかりと行われているようで幽霊屋敷とまでは言わないが、デザインから推測するに建築から二、三百年は経過していそうな洋館である。端末から学内の資料を確認するにこの敷地内には三つの女子寮が存在し、それらはいずれも十年以内に建てられた新しい寮のようだが、今エレナの目の前に存在する洋館についての記載はない。まさか男が場所を間違えて案内したのか、あるいは自分が別の建物を目指してしまったのかと一瞬迷い掛けたものの、併せて学内地図と位置情報を参照すると目の前の建物には確かに寮としてのタグが振られていた。やはりここでいいらしい。

「………」

冬場のため締め切られていた玄関を開き建物の中へと足を踏み入れる。教育係が待っていると男は言っていたが、赤い絨毯の敷かれたエントランスにそれらしき人影は見当たらない。相手がまだいないのであれば暫くここで待つかとエレナが荷物を足元に置こうとした丁度その時、呼び掛けの声がエレナの耳に届いた。

「美澤さんかしら?」

声の主は玄関傍の階段から姿を現した少女だった。年の頃はエレナよりも二つか三つは上だろうか。急ぐ様子もなく、さりとて緩慢でもなく、木造の手摺りに手を掛けながら自然な所作で階段を降りてくる。上下共に深緑色のスウェットという飾り気の無い出で立ちではあったが、流麗な振る舞いと艶やかな金髪に彩られた少女の容姿はそれでもなお人目を引き付けるのに充分だった。

「え? あ! はい……っ」

「初めまして――」

少女の姿をはっきりと認識したエレナが息を呑む。階段を降りきりエレナの目の前まで来た少女が自己紹介を始めるが、彼女の名前などその口から聞かずともエレナは元より知っていた。己がヴァルキリーだと告げられるよりも以前、ヴァルキリーなど自分には縁の無い世界の話だと思っていた頃からだ。むしろこの国で彼女のことを知らぬ者を探す方が難しい。何故ならば、彼女こそが真州最強の適正者。国家の代表として幾度となくヴァルフォースの試合に臨んでは、観衆とメディアの前で勝利を重ね続ける当代の英雄であった。

「――雨宮セシルです。よろしくね?」

「……美澤エレナです。よろしくお願いします」