夢ソフト

■ School life ? (5)

「結局、生身の人間が普通に相対すると絶対に向こうのペースにされるのがやばいわけですよ。

 対処法としては薬や神経アンプで自分の感情を制御するか、人格ソフト使って凌ぐくらいですかねえ」

                                    ――爽涼ミサキ談・永世者との交渉について

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「選べる武器はざっとこんなところだけど………どれにする?」

中空から無数の武装を取り出しては一つ一つを地面に並べたセシルがエレナに向かって問い掛ける。

「どれにする、って言われても……」

今、エレナの目の前には、広げられたビニールシートと、その上に置かれた多数の武器と武装と兵器があった。

 

 

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ようやく朝日が射し込み始めた早朝に、エレナとセシルは朝霞の煙る野戦演習場を訪れていた。野戦演習場とはいっても何か施設があるわけでもなく、要するに余人が立ち入らぬだけの原野である。ヴァルキリーとなってから多少の訓練を経て基本的な機動を身に付けたエレナは、次のステップとして武器の扱いに習熟する必要に迫られており、セシルに相談したところ

“そういうことなら試し撃ちでもしながなら決める?”

という提案を受け、それに乗っかった結果が今の状況である。

「こんなに数があると逆に選び辛いんですが………」

物騒な品々を一通り並べ終えたセシルが腕組みして立つ傍で、しゃがみ込んだエレナがそれぞれの武器を検分する。拳銃、短機関銃、突撃銃、散弾銃に狙撃銃、擲弾筒に手榴弾、小刀、刀、太刀に槍、鉤爪、弩弓、手斧に鎚と、その他にも多数の種類が用意されていた。

「これ本当に全部フレイムリリーで使えるんですか? 色々な武器が使える機体とは聞いてましたけど、さすがに多過ぎのような」

「フレイムリリー、というよりも那岐島の第三世代機は、何系統かに分かれてしまった那岐島の規格を再統合するという目的でも開発されたのよ。だから過去の那岐島系列機が使用していた武装の大半を使えるわ」

「……ということは、この中には第二世代機が装備しているような武器もあるんですか」

「ええ。たとえば―――」

セシルが腰を屈めて並べられた武器の一つを手に取り持ち上げる。

「―――これとか、ね」

「あ、それ見たことあります」

「今一番有名な武器だものね」

現在最も知名度が高いと評されたその武器は重厚長大な槍である。那岐島製のベストセラー機、ネメシスIIの主兵装であり、現在のトップランカーである神凪アイも使用していることからメディアへの露出も多い。映像越しとはいえエレナが目にしたことがあるのも当然のことだった。

「でも、その武器が優秀で、だから沢山使われているというのは解りますけど……古い武器には違いないですよね」

「ええ」

「もちろん散々使用されているから信頼性とかそれなりのメリットもあるとして、だからといって、ぶっちゃけ、今から第二世代機用の武器をわざわざ選ぶのって選択肢としてアリなんですか?」

「ないわよ」

「…………」

だったらどうして出したんだコラという言葉をエレナはどうにか飲み込んだ。

「たまには自分の持っている武器の確認をするのもいいじゃない? 虫干しよ虫干し。普段は第三スロットに格納してるから取り出すことも殆どないし」

「虫干しですか。ヴァルキリーの武器ってカビたりするんですか。初めて知りました」

「うん、わかっていると思うけど、そんなわけないから」

「ですよねー………」

 

 

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「ええとですね、先輩、そろそろ真面目な武器選びのアドバイスを頂きたいんですが」

「そうね………まず大前提として、ヴァルキリーの女の子にとってどんな武器が一番馴染むのかは人によってまちまちなのよ。だからこそ美澤さんもこうやって武器を選ばされているわけ」

「はあ。ちなみに先輩はどんな武器を使ってるんですか。参考までに」

「私は何でも使うわよ。そういうスタイルだから」

「何でも、ですか?」

エレナが疑わしげな声を上げた。

「ええ、何でも。だからここある全ての武器を一応は所持しているのよ。どれでも即座に取り出せるわけじゃないけど」

「……普通のヴァルキリーってそんなに武器を持ったりしませんよね」

「しないわね。那岐島製の機体なら一般的には第一スロットに一つか二つ、多くて三つ。第二スロットに二つか三つ。第三スロットに滅多に使わないようなものを幾つか入れておく、程度かしら」

「それでも充分に多いような……」

「そうね。多すぎると余計なことを考える原因にもなるし、シンプルにまとめられるのならそれがベストの一つではあるわね。法廷の神凪とかはそのタイプの理想型。第一スロットに槍と爆弾をセットして、おそらく第二スロットと第三スロットにも全く同じ物を格納しているはずよ。以前の試合で槍を折られてもすぐに二本目を取り出していたことからほぼ確実。自分の基本スタイルに自信を持っていて、充分な力量があるのなら、相手に合わせて小手先で戦い方を変えるよりも慣れた戦い方をする方が安定するでしょう?」

「まあそんな感じはしますけど」

「結局どの武器を選ぶかは、美澤さんがどんな取り柄を持っていて、どんなスタイルを目指すのか次第よ」

「……とりあえず当たり障りのない選択だとどんな具合になりますか?」

「となると……このあたりじゃない? フレイムリリーの標準型」

エレナの質問を受けてセシルが三つの武装を指差す。一つはグレネードランチャーがマウントされた両手持ちのアサルトライフル。もう一つは背部ハードポイントに装備すると思しきマイクロミサイル発射筒。そして最後の一つは起動すると刀身が現れるであろう柄だけの白兵武器だった。

「確かに無難そうですね……」

「でしょ? 実際に扱いやすい武器ではあるわよ。ただ………」

「地力で自分に勝る相手を倒せる装備じゃないですよね、これ」

セシルが続きを言うのに先んじてエレナが所感を述べる。

「その通りよ」

無難な選択として提示された三つの武装とその組み合わせは決して悪いものではない。悪いものではないどころかベストの選択ですらある。フレイムリリーよりも旧式の機体や、あるいは自分よりも技量の劣る相手を確実に葬り去ろうとするのであれば、これほど確実な装備もない。実際に並程度の技量を持ったヴァルキリーが標準型のフレイムリリーを用いて一対一の勝負をしたならば、この世に存在するヴァルキリーの八割か九割に対して勝利を収めることだろう。問題は己よりも格上のヴァルキリーに相対した時である。これら標準型の装備は、格上の相手を打ち倒すのに充分な機会を作る力に欠けているのだ。外連味が無い故に順当に勝ち、そして順当に負ける装備であった。

(よく勉強してるというか、勘所を弁えてるというか)

口には出さないもののセシルは内心でエレナの見解を称賛する。ほんの一月前まではヴァルキリーとは縁の無い一般人で、今はヴァルキリーになったとはいえ実戦ところかヴァルフォースの試合すら経験していないエレナだが、その指摘は完全に的を射たものだった。エレナはヴァルキリーとしての適正があると告げられて以降、暇を見付け出してはひたすらにヴァルキリー同士が交戦する映像の観察を重ねており、この場での正しい推測はその成果であった。

「……どんな相手に対してもワンチャン作れるような構成だと、どんなのがありますか」

「大きく分けて二つの路線があるわ。一つは単独大火力武器を使うこと」

「対物ライフルのような?」

エレナが少し離れた場所に置かれた長大なライフルを指差す。

「いいえ、もっと大きいやつよ。つまり―――」

セシルが片手を真上に掲げ、指を鳴らしてから五指を広げる。次の瞬間にセシルの真上に現れたのは、長さが背丈の数倍はあろうかという砲だった。顕現した砲の把手をセシルが握ったことで、その重量は全てセシルの身体に掛かり、靴底が若干地面にめり込む。

「――こういうの」

「もう艦載砲とかそういうレベルですね、それ」

「ワンチャンありそうでしょ? これならシングルランカーが相手だろうと当たれば殆ど木端微塵よ。当たればね……」

「威力については文句なし、ですか。他にはメリットあります?」

「射程が長いことね。ヴァルフォースの試合場なら相手がどこにいようとも必殺レンジよ。実戦の場合は標的が星の裏側にいても充分に有効射程」

「じゃあデメリットの方は……」

「説明する必要があるのかという気がするけど、まずこんなものを装備した時点で機動と防御はゼロに近いレベルまで落ち込むわよ。次に弾数の問題。リチャージに掛かる時間は相当だから、一発外したらもう後がないわね。これをメインウェポンととして第一スロットにセットした場合、他に何か武器を持つ余裕もないわ。初弾を外した時点でこの砲をすぐにパージして第二スロットの武装に切り替えるという手もあるけど、このレベルの武器になると撃った後も悪影響が尾を引くから、切り替え後もしばらくの間は非常に不利な戦いを強いられるのは確実ね」

「欠陥武器もいいところな気がするんですけど……そもそもどうしてこんなものが作られたんですか」

「大艦巨砲主義のロマンでも追い求めたんじゃない?」

「はあ」

いまいち納得しきれない表情のエレナである。セシルはこの狂気の砲がエルダーハントを目的として開発された兵器だと知ってはいたが、それを今わざわざ説明する必要もなかろうと言及しなかった。

「とりあえず単独大火力武器路線がいまいちというのはわかりました。もう一つの路線はどういうのですか」

「近接特化。とにかく相手の攻撃をかいくぐって肉薄してタコ殴り。使う武器はお好みね」

「メリットは」

「白兵距離まで持ち込こむことさえできれば多少の実力差があっても一方的な蹂躙も可能なことね。相手の防御力が低ければ低いほどラッキーヒット一発で沈められる可能性も高まるわ」

「デメリットの方は」

「相性差が出やすいことね。面的制圧力が高い武装を持った相手に待ち構えられたりした場合、近寄ることすら困難で打つ手無しということもあるわ。あとは相手が極端に白兵戦に慣れていたり元々の実力に開きがありすぎる場合も苦しいわね。この砲みたいにどんな相手でも当たれば一発とまではいかないわ」

セシルが腕を掲げて保持している砲をさながらヘリのローターのように指先で振り回す。

「さっきはどんな相手でもと言いはしましたけど、実際には多少の実力差をひっくり返せればいいやくらいで考えてたので……砲か近接かということなら近接特化の方が良さそうですね」

「撃ち合いにはどうしても弱くなるわよ。いいの?」

「万能というわけにはいかないですし……」

セシルの説明を一通り聞き終えてエレナは自分の選択をほぼ固めていた。選ぶべきは近接特化の構成である。近接特化機のデメリットとして挙げられた相性差もエレナにとっては問題とならない。自分よりも格上の相手を打倒できる構成を求めているというのも嘘ではないが、実のところエレナが最重要視しているのは何よりも機動力であり、次点で攻撃に耐える防御力であり、その二つが合わさることによって発揮される逃亡力こそエレナが真に求める能力であった。