■ School life ? (6)
「剣豪は」 「射殺すべし」 「射手は」 「忍び寄って首を刎ねるべし」 「宜しい。そのようにせよ」 ――真偶教育、セシルの場合 ---------------------------------------------
「じゃ、近接特化にすると決めたのなら早速幾つか試してみましょうか」
武器選びは続いていた。エレナの意向を確認したセシルが武器の並べられたシートの上を歩き、余計な武器をその場から消失させていく。目で見る限りは単に武器の姿が消えているだけだが、実態としてはそれらが全てセシルの中に"仕舞い込まれていく"のをエレナは感じ取っていた。
「白兵武器だけに絞ってもかなりの数なんですけど……これ全部試すんですか」 「どうかしらね。すぐに合ったのが見付かるかもしれないし、全部試してどれもピンとこないとなったら近接特化という前提を変える必要があるかもしれないし。ちなみに美澤さん、何か格闘技の心得ってある?」 「特にこれといっては……運動神経自体は悪くないつもりですけど、やっぱりそういうのを習っている方がいいんですか?」 「いい場合もある、程度ね」
ヴァルキリーの少女達の能力が、ヴァルキリーとなる以前の経験にどれだけ左右されるかは今なお解明されてはいない。メガコーポや幾つかの大国はこれまでの数十年間で千人以上のヴァルキリーを管理したことにより多少の知見を得てはいたものの、確かな法則と呼べるような物はろくに発見できていないというのが実情である。
「何か慣れている得物があるのなら、ヴァルキリーとしてもその武器がマッチするケースは多いのよ。特にそういうのがないのであればスタンダードなのから始めましょ。まずは剣あたりから。そこの長い剣を持って」
エレナの足元にある、装飾の乏しい剣を指差しながらセシルが手近な巨木に近付く。
「これですか? ……って先輩、何してるんですか」
言われた通りにエレナは腰を屈めてから足元の剣を掴み取る。そして顔を上げたエレナの目に入ったのは、巨木を二度、三度と小突いてから、その幹に掌で触れるセシルの姿だった。
「ちょっとした構造強化。何か壊すものがあったほうが目安になるし」
巨木の方を向いたままセシルが答える。次いでセシルが小さな声で何事かを呟く。エレナの耳にも微かな呟き声が届いたが内容まではわからなかった。
(……固くなった?)
見た目の変化は何もない。だがセシルが巨木に手を触れ呟き声を漏らすと同時に、巨木が瞬時に超常的な硬度を持った存在へと変質したことをエレナは直観した。
(ヴァルキリーになってから、こう、きゅぴーんって来ることが何度もあるけど、毎回毎回むずむずするのよね……)
エレナが内心でぼやく。普段はさほど意識することはないが、自身の内に存在するヴァルキリーとしての力を駆動させることでもたらされる感覚は、エレナにとって少々居心地が悪いものだった。便利といえば便利ではある。今し方のように他のヴァルキリーが行使した力の影響を感じ取ることもでき、あるいは周囲の物理的な事象を人体の五感に頼らずともある程度な知覚できるのだ。だが超常的な感覚によって情報を受け止める度に、目眩と、痒みと、胸焼けを足して三で割ったような感覚に襲われるのが困りものなのだ。慣れてしまえば気にならないものだとは聞いているが、新米ヴァルキリーのエレナにとっては小さな悩みの種の一つであった。
「フォームとかはどうでもいいから、その剣を力一杯この木に叩き付けてみなさい。別に切り倒せなくてもいいわよ。振ってみてこれは良さそうって感じたのであればその武器は候補入り。ダメそうなら放り投げて次の武器を試す。オーケー?」 「オーケーです」
エレナが足を踏み出して巨木へと近付き、手に持った剣を大上段に構える。何度か呼吸を繰り返してから一際大きく息を吸い込み、掛け声と共にエレナは眼前の巨木に対して斬り込んでいった。
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「どりゃあああああああ!」
裂帛の気合いが込められた少女の叫び声が原野に響く。直後、甲高く打ち鳴らされる金属音。既に十度、二十度、三十度は繰り返されただろうか。美澤エレナが振り下ろした曲刀は、巨木に小さな傷は付けたものの、刀身の方には大きな罅割れが生まれる有様だった。
「それもダメ?」
その様子を脇で眺めていたセシルが尋ねる。
「……すいません」 「謝るようなことでもないわよ。どれが合うかなんて試してみないとわからないんだもの。で、次はどれにする? 変わったものだと鞭とかもあるけど」 「どれも合わなさそうなら、いっそ単純に有利な武器とかを使おうかなとも思うんですけど、そういうのはダメですか? 普通に考えれば剣よりも槍の方が強いですよね」
長物を振り回すのに不都合のある閉鎖空間はともかくとして、野戦であれば槍がその他の白兵武器に勝ることに疑いの余地はない。であればヴァルキリーも槍を持てばいいじゃんとエレナが提案する。
「それで済むのなら悩む必要もないんでしょうけど、残念ながらそのセオリーが通用しないのよ」 「ぬぐぐ……」
不条理な話であった。通常、人と人の白兵戦が行われるのであれば、互いが持つ武器の特徴と、使用者の技量と、身体能力が勝負を決する大きな要素となる。そして戦いに臨む者が、仮に武器を異なるものへと持ち替えたのであれば、その武器の熟達具合に応じた技量になるだろう。だが身体能力が変化することはない。手に持つ武器が変わったからといって、突然に筋量が増加し運動能力が向上したならば、最早それは単なる怪奇現象だ。ところがヴァルキリーの場合、その怪奇現象が、さも当然のことのように起こるのだ。小刀を装備した少女は、刀を持った少女よりも素早くなる。無論、普通の人間も武器が軽くなれば重量の負荷が減った分だけ素早さは増すだろうが、ヴァルキリーの場合はその変化の幅が人間とは比べ物にならない。また攻撃の威力についても用いる武器が少女の心性にマッチングするか否かでも相当の差が付く。形状と重量が全く同一の武器を同じ速度で振るったとしても、誰がそれを行ったか次第で破壊力が違うのだ。そして一連の奇々怪々な現象は、個人に対してのみならず、集団にすら適用されるというのが専らの噂であった。仮に五人で構成されるヴァルキリーの小隊が存在したとして、全員が同一の機体と武装を用いることで全員の能力が向上するのだ。一体どこまでが真実で、どこからが与太話なのか。誰もが闇の中を手探りで歩いている。なお現在の一部界隈で注目を浴びている説として"伝説が少女を強力たらしめる"というものが存在する。即ち功成り名遂げた少女は、そうであるというだけで能力が割増しされるという主張である。逆にその名が地に墜ちれば弱くなるというわけだ。故に現在最強と名高いヴァルキリーの神凪アイは、ただでさえ強いのに伝説による割増しボーナスまで受けているわけで、手が付けられないのも当然だと一部の論者はもっともらしく語っていた。また似たような仮説として"ジンクスの固定化"という奇天烈な説も存在する。そして、それらを検証するため一部のメガコーポによって大真面目に都市伝説の形成すら行われるのが今のヴァルキリー業界だった。
(それにしても)
セシルが地面に投げ捨てられた多数の武器を一瞥する。これまでにエレナが試し斬りを行った数十の武器には様々な形状のものがあるが、セシルが脇から眺めた限り、エレナが振るった中で比較的威力が乗っていたと思えるものは斧や棍棒といった武器で、逆に今一つなものは洗練されたフォルムを持つ刀剣類だった。
(この子、野蛮な武器の方が適合性高そうね。となると……)
「あー、美澤さん、ちょっといい?」 「はい?」
次はどの武器を使おうかとまだ試していない武器を物色するエレナにセシルが声を掛ける。
「武器は使わなくていいわ。次は素手でやってみて。殴るのでも蹴るのでもいいから」 「え、あ、はい……」
セシルの指示を受けてエレナが立ち上がり、再び巨木に向き直る。
「思いっきり叩いた方がいいですかね……?」
やや逡巡しながらエレナが尋ねる。これまで散々強固な武器を叩き付けてもびくともしなかった巨木である。全力で殴りでもしたら逆に自分の拳が砕けるか、あるいは腕が折れるのではないかと心配している様子だった。
「怖いなら少し力を抜くくらいでもいいわよ」 「じゃあそれで……」
エレナが片腕を引き半身の構えを取る。
「せいっ!」
掛け声と共に腰を捻り、八分の力でエレナが右ストレートを繰り出す。拳が巨木に激突し、何かを押し潰すような鈍い音が響いた。
「…………」 「大当たり」
エレナが拳を引き、自分が今し方打ち据えた場所を確認する。そこにはしっかりと拳と同程度の大きさの陥没痕が刻まれていた。これまで鋭利で頑丈な刃物を何度叩き付けても僅かな傷しか付けられなかった巨木の幹に、その数十倍にも値する破壊の痕が残ったのだ。
「本気で殴れば腕が埋まるくらいにはなりそうね」 「えーと……これって、つまり」 「現時点だと美澤さんの適正は格闘にありということよ。でもってこの様子だと技巧よりは力任せのパワーファイト向けかしら……」 「喜ぶべきなんですかね、それ………」 「指向がはっきりとしているという点ではいいことだと思うわよ。ここまで明白に差が出る子は多くないもの」 「はあ」
エレナはどうにも納得し難い表情を浮かべた。手に重く殺傷力充分な刃物や鈍器を全力で振り回してどうにか小さな傷を付けるのが精々であったのに、やや力を抜いて繰り出した拳の方が遙かに破壊力があるとは一体どういうことか。だが、この怪奇こそがヴァルキリーという存在にとっての常識なのだ。とにかく慣れるしかない。必要なのは実態を見抜く力である。もし敵がナイフで己に斬り掛かってきたとして、それが見た目通りの威力であるという保証はない。敵がナイフという武器に対して抜群の心性適合を持ち、その斬撃はいかなる刀剣や銃砲の威力をも凌ぐ可能性すらあるのだ。その事実に気付くこと無く必殺の攻撃を手甲で軽く受け止めようとすればどうなるか。末路は火を見るよりも明らかだ。腕一本が斬り飛ばされる程度で済めばまだマシで、恐らくは頭頂部から股座までを両断されるだろう。
「でも格闘で行くとして、それ用のパーツとかってあるんですか? メリケンとかグローブとか……」 「標準とは違うアームユニットを付けることになるわね。旧型のなら既にあるんだけど、フレイムリリーに合わせた新型が近日中に仕上がるという話もあった気がしたから後で田中さんに聞いてみましょ」 「新型ってそれはそれで逆に不安が……」 「まあ試してみないことにはね。とりあえず方針は見えたことだしそろそろ後片付けして帰りましょうか」 「わかりました」
引き上げを決めたセシルが地面の武器を一つ一つ拾い上げては消失させていく。
「ところで先輩」 「ん?」 「先輩はこの木、壊せるんですか?」 「できるわよ」
エレナが尋ねるや、セシルが片付け途中で偶々手にしていたメイスを緩慢な動きで無造作に振るう。その金属質の鈍器が巨木の幹に触れた瞬間、エレナは時間の流れが硬直したような錯覚に捕らわれた。収斂を経てから嵐のような力の解放。五感では知覚すること叶わぬヴァルキリー特有の破壊の撃力。眼前の巨木はその根から枝葉に至るまで瞬時に粉々となり、その破片が周囲に降り注ぐ。腕を振り抜いたところでセシルは役目を終えたメイスを消失させ、何事も無かったかように片付けを再開した。
「…………」
その有様を見たエレナは驚きや畏怖という感情を通り越し、呆れると同時に妙に冷静な境地に達していた。雨宮セシルは優秀なヴァルキリーである。公的な順位から見ても世界で十指に入るヴァルキリーであることに間違いはない。だが、それは同時に、今し方のような卓抜した破壊行為を事も無げにやってのける、少女の皮を被った怪物達が世界には何人も存在していることを意味する。どこで聞いたか、どこで読んだかは忘れたが、エレナはヴァルキリーにまつわる一つの格言を思い出していた。
"死んだヴァルキリーの九割は、敵のエースに殺されている"
数字の裏付けがあるかどうかはまでは知らないが、否定する言説もろくに見当たらないということは、恐らく真実なのだろう。そして眼前で行われた狂逸的な一撃を見ては益々その格言を信じるしかなかった。しかし逆に言うならば、敵のエースに互する力さえあれば、生存の確率は飛躍的に高まる筈なのだ。まあ、そうでも思わなければやってられるものではない。
(頑張ろっと……)
半ば白目を剥くような気分のままエレナは今後の努力への決意を新たにした。 |