夢ソフト

■ School life ? (8)

「まずは原住民を全て宙へと導いて、然る後に決戦だよ」

                               ――L2

 

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(また来たっ……!)

白い尾を引きながら自分に向かってくるマイクロミサイルを目に留め、エレナが地を蹴り急ターンを掛ける。その動きだけで完全に振り切るには至らなかったが、迎撃する為に一呼吸の時間を作るには充分だった。エレナが右手に装備したアームユニットから小さな火球が射出され、敵の弾頭と衝突して小爆発を起こす。崩れた姿勢を立て直し、エレナは接近する隙を探るように相手の周囲を時計回りに駆け始めた。

(だいたい、わかってきたわよ……!)

ヴァルキリーとなって以来、戦い方などろくに教えられぬままこの模擬戦に叩き込まれたエレナは、今まさにこの戦いを通じて急速にヴァルキリーとしての立ち回り方を習得していた。美澤エレナは頭でっかちのヴァルキリーである。様々な活動と並行しながらヴァルキリー同士の試合を来る日も来る日も観戦し続けた結果、動きのセオリーというべきものは知識として既に頭に入っている。そこに実践が伴ったことで"戦っている当人達はいかなる意図で動いていたのか”という部分へと理解が及び、それを自身の動きにも反映させることに成功し始めていた。この模擬戦が始まってからは相当に長い時間が経過している。最初こそエレナの被弾は多かったものの、今では単位時間あたりの被弾数は大幅に減少していた。

模擬戦に臨むにあたり、エレナが事前に知り得た情報は二つ。一つは、相手が真州でも標準的な実力を持つ中堅のヴァルキリーであること。もう一つは相手の武装がフレイムリリーの標準装備であることだ。美澤エレナは何事もベストを尽くすのが趣味のような少女である。相手がそれなりに経験を積んだヴァルキリーとなれば負けて当然ではあるのだが、無策で負けるのは性に合わないということで自分なりのプランを組み立てていた。

まず模擬戦の開始当初は回避に努めてヴァルキリー同士の戦いがいかなるものかを把握することに決めていた。そして今回の模擬戦に関しては、多少の実力差があろうとも、距離を離していれば易々と沈められるものではなく、しばらくは膠着状態を作り出せるであろうと見込んでいた。理由は複数ある。エレナのフレイムリリーは近接特化仕様であり、相手よりも速力と防御能力に優れている。つまり攻撃を大きく回避するだけの性能があり、そして多少の被弾があったとしてもそこは厚い装甲で凌ぐことができるのだ。無論、相手に超強力な遠距離攻撃手段があれば話は別なのだが、フレイムリリーの標準装備にそんなものはない。では、もし相手が距離を詰めてきた場合はどうするか? 互いの距離が詰まれば被弾は一気に増し、あっさりと沈められる可能性も生まれてくる。だがエレナは開始当初はその心配もなかろうと踏んでいた。何せエレナの装備が装備である。近接特化機のメリットは多少の実力差など一撃で引っ繰り返す破滅的な近接攻撃を繰り出せる点にある。相手にすれば何が楽しくてそんなものに近づかなければいけないのか? 距離を取って安全に仕留められるのならばそれに越したことはなし。普通の脳味噌を持っているのならば大抵はそう考えるだろう。もしこれが遊びであれば多少スリリングな行為に及ぶのを楽しむのも大変結構なことだろうが、この模擬戦は遊びではない。エレナは自分が組み立てたプランが上手く行くことを確信したのは、この競技場に到着し、対戦相手の少女とそれを取り巻く真州軍のスタッフ達を目にした時である。彼らには緩んでいる様子が全く無く、特に少女についてはかなりの緊張を露わとしていた。即ち彼らにとって、これは負けられない勝負なのである。どんな理由で負けられないのか、それはエレナにはわからない。面倒な大人の事情に基づく理由なのだろうが子細はどうでもよかった。重要なのは彼らにはプレッシャーが掛かっているという点なのだ。故に彼らは石橋を渡る。余程のことがない限り、相手からエレナに近付いてくることはないのである。

エレナ目掛けて再びマイクロミサイルが飛来する。先程までとは異なり、今度は複数本が稲妻のような軌道変化を繰り返していた。恐らくなかなか倒れぬエレナに対して業を煮やした相手が放った乾坤一擲の攻撃だ。ミサイルを放つ瞬間、相手の動作には溜めがあった。威力の割増しがされているのは間違い無く、そして攻撃の範囲も広い。下手な動きで回避をすればどれかが直撃するのは免れ得ず、かといって全弾を強引に振り切ろうにも複数のミサイルは半ば扇形に放たれており逃れきることも難しい。やはり迎撃するしかないが、軌道が変化している為にこちらの発射した弾が外れる可能性もある。

(確かこの手のは最終誘導直前まではだいたい規則性がある……ような……いや確かあったはず似たようなの見た!)

詰み直前の危機を悟った瞬間、エレナの思考が火花を散らして疾駆する。まるで学習支援教材を事前に読んでいた学生が試験で既視感に快哉を上げるが如きである。同時にエレナは意識の集中を深くし、自身に可能な限界まで体感時間を遅らせる。己の動きが、迫る弾頭が、全ての速度が急激に重くなり、反面、自身の思考と感覚だけは鈍くなることなく明瞭に保たれている。それはヴァルキリーであれば誰もが使える能力であると同時に、ヴァルキリーの優劣を左右する重大な要素であった。

常人を遙かに超えた速度で五体を駆動させるヴァルキリー達は、戦闘に臨むにあたり自身を含めた全てを主観的に減速させることが可能である。そして減速の程度は一定の範囲で制御できるが、常に最大限遅らせるような真似はできないのだ。重要なのは使い所である。もし自分が減速余力のない状態に陥りでもすれば、相手に一挙手一投足を品定めされた上で反応されるという最悪の事態を招くのだ。故に無駄な行使は避けなければならない。一瞬先の状況が判りきっているような局面であれば、減速を行わないのは極端にしても最低限で済ませるのがヴァルキリー同士の戦いにおけるセオリーである。一見単純な要素ではあるが、突き詰めていくとこれを巧みに行うというのは面倒なことなのだ。仮にターゲティングと発射とその後の着弾までが極めて短時間で済む射撃攻撃があるならば、防御側はどの時点で減速を行うべきなのだろうか? 相手が初動を起こした瞬間だろうか。それは間違いではない。攻撃の兆候を察知することに成功したならば、直ぐさま自身の出力を増加させ速度を増して適切な回避行動を始めるべきだ。だが問題もある。その初動が余力を浪費させるためのフェイントだとしたら、めでたく釣り技に引っ掛かった間抜けの出来上がりである。では弾が発射された瞬間に減速するのはどうだろうか。それも間違いではない。撃つぞ撃つぞというフェイクに引っ掛かることを厳に戒め、弾が放たれてから対応を行うというのは合理的な選択だ。こうして"撃たれてから減速せよ"というセオリーが打ち立てられる…………わけがない。その次は威力が全く無い弾を発射するという陽動が行われるのは火を見るよりも明らかだ。ならば発射後かつ威力も充分に乗っていることを確認してから減速するのはどうだろうか。間違いではないが、その次は攻撃側の威力偽装がより巧妙を期していくだろう。発射直後までは速度が速いが、その後は低速誘導弾に変化するという性質の攻撃も相手を引っ掛けるには悪くない。要するにきりがないのだ。騙し合いと化かし合いの行き着く果ては遙かに遠い。強力な異能を武器としてその争いから頭一つ抜け出し大きな優位を獲得している少女達も一部存在するのだが、それはまた別の話である。

エレナが緩慢な時間の中でミサイルの軌道に目を凝らす。相手が放ったミサイルは、いずれもが今まさに軌道変更を行っている最中だ。尾を引いている噴煙も頼りにエレナは直前までのミサイルの軌跡を思い出し、一つ前と二つ前の軌道変更が行われた地点と角度を確かめる。やはり全弾とも変化に規則性が認められた。これらのミサイルは攻撃対象に接近するまでは予め定められたコースを飛び、対象との距離が一定まで縮まった時点で急激な最終誘導を掛けるタイプと見て間違いはない。弾が複数存在する以上、後退、跳躍、いずれも悪手だ。一発を回避したところで二発目を食らう。振り切ろうとするならば、弾頭の背後に周り込むような回避行動が必要だ。

(前に出ればっ!)

体感時間の減速を緩めたエレナは意を決して大きく踏み切り前方へと飛び出した。目指す地点は正面の弾頭が次に軌道変更を行う地点である。同時にエレナは両腕を左右に広げてから、地面と水平に交差させるようにして横薙ぎに振った。エレナの両腕から横幅の広い厚みを持った赤い衝撃波が放たれる。その衝撃波は正面の弾頭が再び軌道変更を掛けているところを直撃し、小爆発を起こしながら直進していった。

「―――!!」

青いフレイムリリーを纏った少女が驚きに目を見開く。ミサイルを放ち終えた少女は次の行動として回避に窮したエレナをライフルで狙い撃つべく構えを取っていたが、エレナが正面を突っ切ってきたことでこのまま撃つべきか否かで逡巡する。現在、己とエレナの距離は遠距離から中距離へと移項しつつある。その事実は多大なプレッシャーと緊張を背負いながらこの模擬戦に臨んでいる少女にとっては恐怖心を呼び起こすのに充分だ。しかし相手は所詮ルーキーである。ここで退かずに撃ち合いへと持ち込み、これ以上は寄らせずに倒すことも充分に可能な筈である。もし、この勝負に賭けるものが何も無く、たとえ敗れようとも叱責や懲罰を浴びるような環境に置かれていなければ、彼女は己の実力を信じて勇気を奮って立ち向かえたかもしれないが、結局彼女の行動を定めたのは、セーフティゾーンを喪失し敗北に直結していくことへの怖れの感情だった。

青いフレイムリリーは手にしたライフルの射撃モードをフルオートへと切り替え、後方へと跳ね飛びながらエレナに向かって威嚇射撃を浴びせる。その小威力の弾雨に対してエレナは無理に突っ込むことは選ばず、斜め前方へと走り込みながら青いフレイムリリーとの相対距離を一定に保っていた。勝負を決めに掛かるにはまだ早い。相手がどう思っているかはともかくとして、必殺距離へと肉薄するにはもう一押しの準備が必要だ。既に青いフレイムリリーはエレナが勢いに乗って寄せてくることを半ば覚悟しているだろう。なればこそ攻めるのが難しい。エレナは自分の実力を良く弁えていた。所詮は地力で劣っている身であるが故に、勝負を一気に決める為には大きく虚を衝く必要があった。その為の武器は手元にある。エレナは初めて体験するヴァルキリー同士の高速戦闘にも関わらず、冷静に自分のプランを次のステップへと進ませつつあった。