夢ソフト

■ School life ? (9)

「宣戦布告は向こうにさせて、性根の腐ったブタ野郎と罵ることができるなら、それが一番いいのよねェ」

                               ――蓬莱ウルスラ

 

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模擬戦に先立つこと数日前、エレナはセシルと武器選びを行った原野を再び訪れていた。ただし今回は一人である。目的は自習だ。自習といっても学業に関連するものではなく、場所が場所だけにヴァルキリーとしての自習であった。

(ふむう)

地面に胡座をかいて腰を落ち着けた姿勢でエレナが自身の知覚野に展開した教本と機体のマニュアルに目を通す。既に必要な部分は概ね頭に入ってはいたが、身体を動かす前の復習だ。誰が作った手引き書かは知らないが教本にはヴァルキリーの基本的な性質や戦闘の定石など多岐に渡る内容が記載されていた。そしてマニュアルの方は機体の製造メーカーである那岐島エレクトロニクスによって作成されたもののようで、そのボリュームたるや膨大極まりなく、隅から隅まで目を通そうと思えばどれだけ時間が掛かるかわかったものではなかったが、適当に当たりをつけながら読むことで要所の確認は済んでいる。後は実際に動かしながら適宜参照すれば事足りそうであった。

「どっこいせー………っと」

資料をクローズし、足に付いた土を払いながらエレナが立ち上がる。その場で何度か身体の各所を捻る動作を繰り返してから、エレナは自分がヴァルキリーとしてどの程度の行為が可能であるかの把握を開始した。走行の最大速度、持続時間、跳躍の高度に射撃の精度と、確認すべきものは大量にあるが、エレナはそれらを淡々と行っては事前に作成していたチェック項目を埋めていく。基本的な動作の次は応用に入り、これまでに観た資料映像の中で様々なヴァルキリーの少女が駆使する変則的な誘導弾や連続射撃の真似事を行い、自分に不可能なものがあれば後の課題として書き留めていった。

(こんな調子で大丈夫なのかしら……)

間違ったことをしているつもりはないが、自分の他に人影も無い原野で孤独に黙々と作業に勤しんでいればふとした瞬間に一抹の不安を覚えるのもやむなきことである。自分の育成担当は果たしてどこまでやる気があるのか。ヴァルキリーとなった当初こそ最低限の動作をレクチャーされたが、先日に近接戦闘用の武装を受け取るや"後は自分で工夫しろ"と言われてから自習続きの日々であった。

一人でやるのには慣れている。幼かった頃に弟が生まれ、以後は両親に余計な手を煩わせないよう"一人でできるもん!"という標語を掲げて努力を重ね、家族を失い叔父に引き取られてからは"一人でできます"という言葉を繰り返し、その通りにやってきた。故に、あらためて"一人でやれ"と言われたところで何ほどのことがあろうか………と思いたいところではあるが、学業や生活全般に関することならばまだしもヴァルキリーなどという奇妙奇天烈なものに取り組むのというのは中々に難儀なことだった。

 

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「ということは、戦い方についてはまだ何一つ教えていない……?」

眼下で行われている模擬戦に動きが生じ、エレナが青いフレイムリリーの攻撃を迎え撃ちながら距離を詰めた頃、田中イチローからここ数日の経過を聞かされた山田もとい南雲カレンは半ば疑うような声を上げた。

「ああ。それがどうかしたか?」

「私はてっきり雨宮さんが付きっきりで教えていたものかと……」

「そんなわけがあるか。あいつも忙しい。美澤の面倒ばかり見させていられるか」

「え、えぇー……? じゃあ、美澤さんは、本当に自習ばかりで、あれだけ動けるようになったんですか……?」

「だから、さっきからそう言ってるだろうが」

対弾・対刃・対爆性を備え、袖口にはスリーブガンとナイフが仕込まれ、その他にも各所におもちゃが一杯入っているという点を除けば何の変哲も無いスーツに身を包み、傍目にはどこからどう見てもただの働くおねえさんにしか見えない南雲カレンだが、彼女とて試合から殺し合いまで一通り経験済みなヴァルキリー上がりの女である。ヴァルキリーとなった少女が、たとえ出力制限下の模擬戦であろうと一人前に戦えるようになるまでどの程度の労苦が必要かについては充分に知っていた。そして美澤エレナの成長は、自身やこれまでに見てきた少女達のケースと照らし合わせても明らかに早い。しかもそれがほぼ独学に近いというのであれば尚更驚くばかりである。

「解らないところがあれば夜に雨宮に尋ねてはいたらしい。だが、その質問の内容も日に日にレベルが上がっていき、命のやりとりをする勝負でもなければ美澤は直ぐにでも戦えるんじゃないかという話になってな……」

「それで今回の模擬戦をねじ込んだ、と……」

「そういうことだ。まあ、それなりに頭が切れ、度胸があり、努力もできるような奴が弱いわけがあるか」

「でも……このまま勝てますかね、彼女?」

「勝つだろ」

相手との距離を保ち、機を窺い疾駆するエレナの姿を見下ろしながら田中は言った。

「ここまで美澤はどんな攻撃をした?」

「えーと……屁のようなシングルショットとカッターを何回か迎撃で使っただけですね」

「まさか美澤がそれだけしか使えないということもなかろうよ。おそらくあいつはここから攻めに行くぞ」

「はあ」

それができれば本当に大したものだ、とカレンは思う。もし今の時点でそんなことを成せるのであれば美澤エレナの資質は本物だ。このまま田中の目論見通りに更なる機会を与えられ経験を積むことで一体どこまで伸びていくのか想像も付かない。実際のところヴァルキリーとなった時点でエレナよりも遙かに強く、あるいは機体を与えられた瞬間から完全に手足のように使いこなす少女達も存在する。だが、それは彼女達が何もしなくてもそれなりに強いという特質を持つからに過ぎず、その先の成長を約束するものではないのだ。一方エレナはスタート地点こそ並のヴァルキリーと大差がなくとも、ごく短期間で自分なりの理屈を以て自身を鍛え上げている。思考と努力によって成長するタイプのヴァルキリーとしては理想型に近いと言えた。