■ School life ? (10)
「剣豪は」 「どうとでも」 「射手は」 「いかようにも」 「……己が無敵とでも言いたいか?」 「まあ、人間が相手であればな」 ――真偶教育、ナユタの場合
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戦況は二度目の停滞が訪れつつあった。
青いフレイムリリーが放った大技を突破して多少の距離を詰めることに成功したエレナだが、以後は無理に攻め込むことなく互いの距離を維持することに努めていた。相手が距離を離そうと退けば逃さぬとばかりに追い縋り、エレナを退がらせようとする射撃が飛んでくれば最小限の動作で回避かあるいは迎撃する。もし相手が一気にエレナを墜とさんと踏み止まって連続射撃を行っていれば話は別だったろうが、青いフレイムリリーは今や明らかに逃げ腰の引き撃ちを繰り返している。落ち着いて対処すれば充分に捌ける程度の攻撃だった。
(頃合いね)
エレナとしては今の状況を長々と続けるつもりはない。このまま手を出さずに回避を続けていればどこかで絶対にミスをする。回避の容易い垂れ流しの攻撃とはいえ、ひとたび集中が途切れれば被弾は必至だ。そうなる前に今すぐ前進して相手を殴れる距離まで近付くか? それもない。相手がどれだけ怯えていようとも、待ち構えている相手に向かって闇雲に突っ込むというのは非常にリスクの高い行為なのだ。相手は散発的で低威力の牽制を繰り返しているが、それは即ちカウンターを繰り出すだけの余力を残していることを意味する。エレナが更に前へと出てきたところに強烈な一撃を見舞って仰け反らせるか転倒させ、その隙に再び距離を取って仕切り直すという展開を青いフレイムリリーが渇望しているのは明らかだ。だからこそ青いフレイムリリーも消極的な現状維持に努めている。今すぐ全力射撃を敢行してエレナを追い払う勇気が無いのであればそうするしかない。あるいは垂れ流しの攻撃がエレナに命中するのであればそれはそれで願ったり叶ったりというものだろう。
(だけど、そんなに甘い話が???)
もう何度目かもわからぬ牽制弾を僅かに身を捻って回避したエレナがそのまま半身に構え、腰を落として右手を引く。それはこの模擬戦でエレナが初めて見せる類の所作だった。
(???あるわけ、ないでしょっ!)
エレナが引いた右手を勢い良く斜め前方に突き出し、腕部に装着したユニットから大きな火球を射出する。火球は若干上昇した後に山なりの軌道を描きながら青いフレイムリリーを目掛けて飛翔していった。
突然の攻撃を繰り出されて青いフレイムリリーは狼狽しながらも体感時間を緩ませて飛来する脅威を分析する。咄嗟の減速で加減を誤り当人にとっては時が止まったかと錯覚する程であり、減速余力の浪費としか言いようのない行使となったが、結果として青いフレイムリリーは己に迫る火球の性質をほぼ完全に掴み取っていた。まず火球には威力がある。一発当たっても沈むことはないだろうが、被弾すれば確実に身体が仰け反るか、あるいは転倒する程度の威力が火球には秘められていた。食らえばどうなる? 生まれるのは絶対的な隙だ。そして敵は自分が姿勢を立て直すか起き上がる暇で一気に接近してくるだろう。ならば受け止めるのはどうか? 両腕を構えて受ければごく軽微な被害で凌ぐこともできる。だが、片手で払い除ける程度であればともかく、全力防御は明らかに拙い選択だ。左右の腕を防御に使えば次の攻撃は遅れ、受け止める際の硬直も敵に接近を許す隙となる。となると迎撃か? それもまた難しい。火球に弾を当てること自体は容易いだろうが、火球を無力化できる攻撃の少なさに難がある。今すぐ放つことができ、かつ火球を相殺できる攻撃は、敵そのものを食い止めるべく用意していたライフルでのチャージショットくらいである。だが、ここでそれを放ってしまえば接近してきた敵を強烈な一撃で追い返すという戦術が瓦解する。かといって火球が自分に届くまでの間に迎撃を行うに足る攻撃を新たに練るというのも難しい。
結局、現実的な選択肢は回避だけだ。そうと決まれば次はどの程度の回避を行うかを選択しなければならない。火球には誘導性が付与されている。青いフレイムリリーは火球が射出された瞬間から今に至るまで高速走行を行っているが、火球はその移動に合わせるように絶えず軌道を変化させていた。となると最小限の回避行動で済ませることもできない。火球そのものから完全に逃れるように振り切る必要があるだろう。
結論は出た。実行の時である。青いフレイムリリーが勢い良く地を蹴り加速する。標的を捉え損ねた火球は地面を直撃し、大きな火柱を巻き上げ消滅した。危機は去った。青いフレイムリリーは急に繰り出された攻撃の性質を見誤ることなく適切に対処したのだ。上出来である。だが強いヴァルキリーは、そのような適切な対処を、いかなる状況であろうとも、数限りなく行えるからこそ強いのだ。
(次っ!)
そして火球を回避した矢先に青いフレイムリリーが見たものは、いつの間にか左手に握り込んだ"何か"を、今まさにサイドスローの動作で投擲しようとしているエレナの姿だった。エレナの指先から離れた球形の"何か"が空気を切り裂くようにして地面と水平に疾駆する。そのスピードは最早弾丸と変わるところがない。だが"何か"とは何だ? 決まっている。この状況下で投げるものといえば爆弾以外の何がある。青いフレイムリリーが再び減速を行使し投擲物の分析に掛かるが、今度は先程の火球ほど完全に性質を掴むには至らなかった。
数あるヴァルキリーの武装の中でも爆弾は特に分析が難しい。ましてや殻に覆われたタイプの爆弾ともなれば、爆発の際にいかなる効果や威力を発揮するかを見抜くのは至難の業である。看破に秀でた機体や少女、もしくは未来視や末那識といった破格の異能を備えているのならば話は別だが、そうでもなければ爆弾にどうやって対処するかは多くのヴァルキリーを悩ます頭の痛い問題だった。銃に比べて射程が短く連射も効かず、投擲という大ぶりな動作を必要とするにも関わらず、今以て多くのヴァルキリーに爆弾が搭載されているのは、その武装が有する本質的な隠蔽性の高さ故である。要所で使えればこれほど便利な武装もないのだ。
そしてエレナが投擲した爆弾は青いフレイムリリー目掛けて飛ぶのではなく、先程火球が着弾した辺りを目指していた。即ち青いフレイムリリーの後方である。当然、そのまま飛ぶのであれば直撃する筈もない。敵の意図はどこにあるのか。青いフレイムリリーが思考を巡らせる。流石に単なる投げ損ねではないだろう。では進路ではなく退路を塞ぐ為に投げたのか? ハイランカー同士の試合では高度な詰め手の一環として時折見られる戦術ではあるが、今がそこまでの局面とも思えない。となると爆弾にはそれこそ全力が込められており、標的から多少離れた場所で爆発しても大きなダメージを与えられるだけの威力があるのか? 馬鹿馬鹿しい想像だ。そんなことなら最初から相手に向かって投げた方が効果的だろう。
(必ず曲がるッ!)
青いフレイムリリーが思考の末に至った予測は非常にシンプルなものであり、そして正しかった。爆弾には誘導性こそ付与されていないが、水平方向に高速回転していることから軌道変化の兆候が見て取れる。恐らくは間もなく横滑りを開始して青いフレイムリリーの背中を強襲するような軌道を描くことだろう。つまりは単純に回避し辛い方向から飛んで来る殺人高速スライダー爆弾というわけだ。
性質はわかった。だが、どうやって避けるか。ただ爆弾を避けるだけというのであれば容易い。先程の火球と異なり誘導性が付与されていないのだ。たとえ自分を完全に直撃するコースで飛んできたとしてもそれこそ上体を捻るだけで弾体の回避は成立する。しかし相手は爆弾である。そして爆弾の威力がわからないというのが問題だ。多少大きく回避行動をしたところで爆発の有効半径に捉えられたらそこまでだ。どの方向に向かって駆けようが、あるいは跳躍しようとも同じである。となれば現況において回避という選択肢は不確実なものとして切って捨てるべきであり、行うは迎撃の一手である。
青いフレイムリリーが走行しながら身を翻し爆弾に向かってマイクロミサイルを発射する。それはエレナに対して牽制を行う為にスタックしていた内の一本であり、迎撃に使っても惜しくは無いリソースだ。直後、爆弾は予想通りに軌道を変えたが、既に進路上では迎撃用に発射されたマイクロミサイルが待ち構えていた。間もなくエレナが投擲した爆弾と青いフレイムリリーが放ったミサイルは正面衝突を果たして小爆発を発生させた。斯くして迎撃は成立し、青いフレイムリリーは再度の危機を首尾良く退けた……ようにも見えるが実際は違う。そもそも二度目の危機など最初から訪れてはいないのだ。
(偽装弾!?)
爆弾とミサイルが接触して小爆発が巻き起こった瞬間に、青いフレイムリリーは自分が欺かれたことを理解した。爆弾は殻だけのフェイクである。もし然るべき実力を持った手練れのヴァルキリーならばエレナの術作を見抜けたであろう。そもそもエレナのようなルーキーが、威力があり、急激な軌道変更を行い、かつ実態が完全に隠されているという三点揃った爆弾を精製することなど出来る筈がないのだ。しかも大技を放った直後となれば尚更である。エレナが今し方に投擲した爆弾が満たしていたのはただ一点、軌道変更という性質のみである。青いフレイムリリーは判断を誤った。ヴァルキリーの爆弾が有する一般的な性質に捕らわれて、全くの無威力攻撃を、完全に威力が隠された攻撃と誤認していたのである。だから爆弾という武器は厄介なのだ。使う者次第で斯くも容易く詐術が成立する。この一瞬の攻防で、青いフレイムリリーの減速余力は更に削り取られていた。
(っ、たりゃあああああああああ!!)
だが青いフレイムリリーには呼吸を整える暇もない。爆弾を投げ終えたエレナは既に三度目の攻撃を繰り出す姿勢に入っていた。エレナが姿勢を低くした状態から回転と共に腕を振る。放たれたのは俗にカッターとも称される衝撃破だ。右腕と左腕からの合わせて二枚が青いフレイムリリーへと一直線に向かって行く。その弾速はこれまでエレナが何度か牽制で発射していたカッターに比べて明らかに速い。またしても初見の攻撃である。青いフレイムリリーが集中力を更に振り絞って攻撃の性質を見極めに掛かる。高速、相殺性能極めて大、誘導性の付与は認められず、破壊力には乏しいが衝撃力は侮り難し。
(食らうわけには!)
どれだけ威力が低かろうとも今の状況下においては自分の姿勢を致命的に崩されるような攻撃を受けるわけにはいかない。しかも質の悪いことに敵の放ったカッターは自分の上半身ではなく足元を狙った軌道で飛んでいる。つまり敵が企図しているのは高衝撃力のカッターを足に引っ掛けこちらを転倒させることだ。だが、ここで転ばされるなど論外である。とにかく回避だ。既に火球と爆弾とを立て続けに捌いたことで万全の姿勢とは言い難いが、まだ回避行動を取るだけの余裕はある。青いフレイムリリーは全力疾走のまま小さく飛んで側転宙返りを繰り出す。幅広のカッターは跳躍している青いフレイムリリーの頭頂部を僅かに掠めるにとどまり、標的を通り過ぎた後はフィールドの地面に突き刺さり横一文字の深い溝を刻み込んだ。
(これだけやれば、少しは気分も変わるでしょっ……!)
それまでの膠着していた雰囲気を吹き飛ばすように三度の攻撃を連続して放ったエレナだが、今この時点で具体的な成果を手にしているわけでもない。何せ三度の攻撃は全てが見事に捌かれており、沈めるどころか大きな隙を生み出すにも至っていないのだ。しかしそれでも構いはしない。無論、火球かカッターが命中することで相手の体勢が崩れるのであれば、その隙を以て近接戦闘に持ち込むつもりではあったが、全弾外れるというのも想定の内である。不意を衝くのはここからだ。カッターを回避し走行姿勢を取り戻した青いフレイムリリーが次に取る行動を見逃すまいとエレナは意識を集中させた。 |