夢ソフト

■play a trump■

「セシルちゃん、あーそぼー」

「いいけど……宿題、きちんと終わらせたの?」

「ま、まだ。あとでやるからいいの!」

                              ――真偶カスミと雨宮セシル、幼き日に

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ヴァルフォースを運営する国家企業法廷の差配により、月影アヤカと雨宮セシルが戦う試合場として選ばれたのは、間を遮る障害物が一つとしてない荒野だった。周辺地域は立ち入りが制限され、試合の成り行きを有視界内で見守るのは離れた観測所に待機する運営部の局員達くらいのものである。そして観測所の屋上には、不測の事態に備えて同法廷の執行局より派遣された二名の娘が気怠そうに試合場を眺めていた。

「退屈よお……エリカもそう思わない?」

「ぐう……ぐうぐう……ぐうぐう、ぐう………」

「え? 早く帰って寝たい? エリカはおねむりさんねえ……もう寝ているくせに何を言っているのかしら」

「ぐうぐう」

両鼻に大きな鼻提灯をぶら下げた娘はそんなことはないと言いたげに緩慢に首を振るが、誰がどう見ても立ったまま寝ているとしか思えぬ姿である。

「でも本当、砂っぽくてたまらないわ。こんな場所でのお仕事はアイがするべきなのよ。ここはユーラのようなレディーがいるべきところじゃないわ」

悪態をついた幼い少女が忌々しげにドレスに付いた砂埃を手で払う。

「ぐう……ぐうぐう……」

「メイに連れていかれたから仕方ないって? ええ、そうね、その通りね。悪いのは全部あの婆よね。殺してやりたいわ」

「ぐうぐうぐう……」

「冗談よお……そんなことするわけないじゃない。メイのおしりぺんぺん、泣いちゃうくらい痛いもの。……うん、やっぱり殺してやりたいわ」

「ぐうぐう……」

以後、しばらく堂々巡りが続いた。

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そんな傍観者のやり取りなどお構いなしにアヤカとセシルの射撃戦は続いていたが、両者とも決してこのままで良いなどとは思っていない。勝負において受け身に回りすぎるのは、考え無しに突っ込むのと同程度には危険な行為である。

(最大速力は標準仕様より三割増し、その分切り返しはやや鈍重ってところかしら……詰めるのは難しいけど、いけないことはないわね)

試合開始から延々と続く長丁場の射撃戦を経て、アヤカはセシルが発揮できる機動力をほぼ正確に掴み取っていた。アヤカのように獲物を追い込むような戦い方をするヴァルキリーにとって、それは欠くことのできない情報だ。

(そろそろ本番始めましょうか。掴まえてみせるわよ、雨宮セシル!)

唇の端を上げて微かに笑う。アヤカを知る者にとってはこれほど珍しいこともなかった。感情が欠落しているわけでもなく、人並の喜怒哀楽を持ってなお歩く冷静沈着と呼ばれるような女である。そのアヤカが高揚を表情に浮かべていた。それは背負わされた国威と、掛けられた期待に応えてみせるという覚悟と、トップエースとしての矜持がもたらした、大胆不敵な笑みだった。

(あ、やな表情)

対してアヤカの相貌を視界の片隅に捉えたセシルは当てが外れたような顔を表に出した。距離を取り弾幕の合間を縫って狙撃を続け、少しずつとはいえ一方的にダメージを蓄積させれば多少は動揺が見込めるかとも思ったが、アヤカに焦りの色は全く見られず、どころか今からが試合開始と言わんばかりに気合いの乗った様子を窺わせていた。

(そういうことなら……受けて立ちましょ)

セシルが心構えのスイッチを切り替える。アヤカの様子を見れば今から勝負を仕掛けてくることは明らかだ。以後は慎重すぎる態度こそが敗北を招く引き金となりうる。アヤカの攻撃を紙一重で捌き、時には踏み込み必殺の銃弾を叩き込まねば押し切られる。

試合場を駆け抜けるセシルが速度を落とし、アヤカの放つ弾幕の密度が薄くなる。先程まで鳴り止む暇の無かった銃声が散発的なものとなり、辺りに満ちていた緊張感は潮が引くように緩んでいく。だが、それは嵐の前の静けさだ。アヤカとセシルが距離を取って微速のまま正対した次の瞬間、二人はブースターの爆音を轟かせ、弾け飛ぶように高速機動へと移行した。

(まずは一番、三番――!)

セシルを追うように駆けるアヤカが急ターンを掛けながら弾幕の形成を開始する。使用されたのは右肩と右脚部に設けられた発射口だ。しかし撃ち出されたミサイルは敵機へと向かわず、むしろ逆方向へと推進して試合場の外へと飛び出る軌道を描いていた。

(どういう曲芸よそれ)

アヤカが放った初弾には流石にセシルも面食らわずにはいられなかった。飛翔する八本の誘導弾は、あらぬ方向へと飛びながらも僅かに旋回が掛かっており、更には速度と旋回の角度も一様ではない。それが何を意味するかといえば、八本はいずれ個別の場所とタイミングで返ってくるということだ。

(二周、三周、いや、四周するかも―――読むだけ無駄ね、見続けるのも無理)

戦術としては使い古されたものだが、ここまで極端なのは珍しい。セシルが遙か彼方へと飛び去っていく弾頭から一度視線を切る。いつ返ってくるかと気にしすぎればアヤカ本体への備えが疎かとなる。撃たれてしまった以上は逐次確認するより他にない。たとえそれが真面目に当てる気のないハッタリだとしても、である。

(気を散らさないと勝負にならないものねえ)

セシルの機体とアヤカの機体が普段と同じままであれば意味を成さない威嚇であったが、今のアヤカは必殺の杭打ち機を左腕に装着し、セシルは最高速度と引き換えに安定性を欠いた状態にある。間の悪い時にセシルが被弾するようなことにでもなれば、バランスを崩した隙にアヤカの接近を許すことになりかねない。無警戒で済ませるわけにはいかなかった。

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「仕掛けましたね教官」

「あ、二番と四番も外に撃った」

「機関砲は完全に牽制で使ってるね」

「距離詰まってる?」

「うん、少しずつだけど」

官舎の一室に集まった娘達がアイス片手に師の奮戦に声援を送る。訓練ともなれば涼しい顔で教え子達を痛め付ける悪魔のような教官だ。娘達も教官を内心で恨んだ回数たるや一度や二度で到底足りるものではない。だが同時に彼女は経験浅い自分達を戦場で庇ってくれた存在でもあり、今も祖国の為に持てる限りの力を尽くして試合に臨んでいる。応援する声に熱が籠もるのも当然だった。

離れながらライフルで狙撃を繰り返すセシルに対し、アヤカは飛来する銃弾を際どく避けて前進を続ける。セシルが更に後退しようとする素振りを見せれば右手の機関砲を用いて行く先を塞ぐように制圧射撃を行い、その次の逃げ場も潰さんと先行して誘導弾を斉射する。戦いは正に陣取り合戦の様相を呈し、次にポイントとなる空間へとどちらが先に身体を滑り込ませるか、あるいは弾幕を張るかの構図となった。

「雨宮も被弾増えてきた?」

「反撃するためにギリギリを狙ってるぽいしなあ……」

「教官、押し切れるかな」

「いけるかも。もう逃げ場所あんまりないよ」

「けど一度取り逃がしたら終わりだから教官も後がないよね」

事前の長い射撃戦に比べれば微々たる時間ではあったが、アヤカが意を決して攻勢を開始してから既に試合場の四分の三が陣取り合戦で塗り潰され、アヤカとセシルは残りの四分の一で凌ぎを削る状況が生まれていた。彼我の間合いはもはや中距離と言える程度にまで縮まっており、戦いは山場を迎えている。戦況を見ればアヤカがセシルを追い詰めつつあると見ることはできるが、アヤカはここまで持てる手札を切って切って切りまくることで今の優勢を築いていた。

ヴァルキリーの攻撃は時に呼吸に例えられる。殆どの武器は弾数の制限を持たないが、攻撃を行う度に息苦しさにも似た感覚が全身に広がる。完全に息を吐ききってしまえばそれまでだ。どこかで休息を挟まねば更なる攻撃を行うことはできない。また長時間に渡って激しい攻撃を繰り返せば自然と息も上がることになる。

アヤカはセシルを追い詰める過程で苛烈な攻撃を重ね、随分と苦しくなっているが、逆にセシルはまだ余力を残している。セシルは囲みを本気で脱出するならば、ある程度追い詰められてからと決めていた。囲みを脱出した瞬間に塗り潰された場所は裏返り、後退可能な空間を大きく確保できるからだ。

このままアヤカが詰めるのか、それともセシルが切り返すのか、勝負の行方が問われる局面で、両者の攻撃が一層激しさを増していく。遂にセシルの身体を捉え始めた機関砲の銃弾がフレイムリリーの装甲を削り、反撃の弾丸がステイルメイトの防御を貫通しアヤカの身体を仰け反らせる。中距離での乱打戦ともなれば両者無傷でいられるものではない。だが、基本的な防御力と被弾数の差によりダメージが蓄積しているのはアヤカの方だ。それでもアヤカは怯むことなく前へ出る。セシルが囲みを抜けようと大きく跳躍する予備動作を見せる度に、機関砲と誘導弾を駆使してその動きを掣肘するが、既にアヤカの表情は苦悶に満ちたものとなっており、これ以上の射撃が困難なことは明らかだった。

「あと一歩!」

「あー、もう見てられない!」

「……曲がった」

激戦が繰り広げられる中、行方を見守る一人の少女が、信じられないという風に言葉を漏らした。

「なにがよ!?」

「最初に撃った三番のミサイル! 今、軌道がずれた! 教官、一本だけコントロール残してる!」

「どこ!?」

「本当だ! これ、横から行くぞ!」

「きた、きた、これは来た!」

それは疑う事なき現実だった。攻勢を開始した段階でアヤカが場外に向けて放った十六本の誘導弾は、大半が周回を終え試合場を流れて地上に落ち、残りも全く的外れな軌道を描き続けていた。だが、その内の一本が“七周目”の旋回に入ったところで軌道を大きく修正し、更には加速を掛けて試合場へと帰還するコースに乗っていた。

(――うそ。一本足りない!?)

冷静沈着ぶりではアヤカに劣らぬセシルがここで初めて動揺の色を浮かべた。試合場の外を旋回する誘導弾が半ば脅威を失ってからも定期的にその数と軌道を確認していたが、地上に落ちるにはまだ高度を残していた筈の一本が、いつの間にか姿を消していたからだ。

(まさか――!)

セシルが視線を斜め上へと走らせる。予感通り最後の一本はそこにあった。セシルが視線の先に見た物は、太陽による逆光の中に身を隠した誘導弾が、蒼穹を切り裂いて飛来し流星のように己を射貫こうとする姿だった。被弾はもはや一瞬先に迫っており、手を翳して防御を試みるための猶予もセシルには残されていなかった。

(来たわねドンピシャ!)

策は成った。アヤカの目の前で誘導弾の直撃を受けたセシルが大きく身体を揺さぶられて姿勢を崩す。その一撃は決して致命打ではない。フレイムリリーの防御はその程度では貫けない。致命打を与えるのはこれからだ。右手の機関砲と両肩のミサイルをパージして、身軽となったアヤカが弾丸のように前へと飛び出した。互いの距離がゼロへと向かう。セシルはまだ姿勢を立て直してはいない。遂にセシルの目の前へとアヤカが迫る。そのまま前進する勢いと腰の回転を乗せ、渾身の力を込めセシルの胸元目掛けてアヤカがパイルバンカーを射出した。

鈍く大きな音が周囲に響く。杭打ち機の先端はセシルが咄嗟に間へと割り込ませたライフルの銃身を砕き、フレイムリリーの装甲も完全に貫いてセシルに大きなダメージを与えていた。衝撃を受けたセシルの身体が後方へと大きく吹き飛び、無防備な姿を晒したまま宙を浮く。

「当てた! 教官当てた!」

「けど雨宮まだ生きてるよ!」

「しぶといなもー!」

セシルは苦痛に顔を歪ませながらも未だに意識を保っている。ここで一気に勝負を決めるためには追撃が必要とされていた。しかし今の一撃はあまりに重い。加えてセシルは主兵装のライフルをパイルバンカーに砕かれ喪失している。もはやアヤカの勝利は目前に迫っていたが、それでもまだ試合が終わってはいないのだ。

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「あら……?」

観測所の屋上に立つ傍観者が意外そうに呟く。

「ぐう?」

「あのおばさん、負けちゃったわ」

アヤカの杭打ち機がセシルの身体を直撃した瞬間、幼い少女は己の髪を指先でくるくると弄びながら、まるで見てきたかのように試合の行方を断言した。

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アヤカが空いた手でナイフ型のバイブロブレードを引き抜き、吹き飛んだセシルを追い全力で踏み切って飛び掛かる。後はアヤカが手にしたナイフをセシルに対して突き立てれば勝負は決まる。しかし遠ざかるセシルの身体を追うアヤカは、強い意志を込めた瞳で己を睨み返すセシルの姿を見た。

それは獲物を狙う視線だ。姿勢を崩され、為す術無くチェックメイトを待つだけの、劣勢に立たされ敗着を目前とした者の表情ではない。アヤカの直感が危険を囁く。だが、直感に反して理性も叫ぶ。相手にこれ以上の武装は無い。この状況下で意識を集中させ、虚空から自分を打ち倒すに足る武装を取り出すなどありえない。長年の経験は今が勝機だと告げている。

しかしセシルが何かを企んでいる可能性は捨てきれない。無防備に吹き飛ばされながらも、セシルが浮いた右手を背に隠したのが気に掛かる。既に小型のハンドガンあたりを顕現させているのであれば、アヤカを辛うじて迎え撃つこともできるだろうが、それではストッピングパワーに欠ける。あるいは炸裂弾の類だろうか。そもそも武器を取り出したと匂わせて追撃を避けようとするブラフかもしれない。迷い始めればきりがないのだ。湧き起こる不安を押さえ込み、追撃を加えんとアヤカが更に強く二歩目を踏み切ったところで、増強されたアヤカの聴覚が、高速で紡がれるセシルの呟き声を聞き取った。

『我、真偶の巫女として――』

発せられたのは見知らぬ言語だ。少なくとも耳に覚えのある国際公用語ではない。アヤカの通信制御デバイスに内蔵された言語ソフトも音韻が真州の古語であると分類するに留まり、正確な識別と翻訳を保留した。

『龍殃に願い奉る――!』

次いでセシルが強く言葉を発すると同時に、目に見える異変が現れた。セシルの背から紫色の閃光が溢れ出し、身体を覆っていた全ての装甲、推進機を含めた全てのパーツが脱落、あるいは砂礫のように自壊を始める。そして遂にセシルが隠していた右手をひらめかせ、その指先に挟み込まれた物体が露わとなった。

それは薄い長方形の紙片、一枚の札だった。無論ただの札ではない。その札の周囲には、斑鳩セツナが近接戦闘で振るうものと酷似した紫光の刃が形成されていた。セシルの腕がアンダースローの軌道を描く。アヤカを斬り付けることを企図するのであれば、腕を振るにはまだ早い。ならばその動作が狙うところは投擲だ。全力で突進してくるアヤカに向けて、セシルが文字通りの切り札を投げ放つ。

『御身の力宿りし龍爪よ、奔りて――』

札が指を離れてからもセシルの詠唱は続いている。対してアヤカも回避を始めていた。間近に迫ったそれは決して受けてはならないものだ。もしセシルの放った刃が斑鳩セツナのものと同等の威力を秘めているのだとすれば、それは第二世代機の防御結界など歯牙にも掛けぬ魔刃である。最早地を蹴りブースターを吹かして大きな回避行動を取る余裕はない。胸元目掛けて疾駆する刃を最小限の動作で躱さんとアヤカが上半身を捻り込む。

(っ……凌いだ!)

懸命な回避は実を結び、アヤカの上半身が刃の軌道から僅かに逸れる。そして刃がアヤカの胸元を掠めて通り過ぎようとしたその瞬間、回避を確信したアヤカが視界の片隅で捉えたものは、セシルが右手の指と掌を勢い良く握り込む所作だった。

『――爆ぜよ!!』

切っ先鋭い刃の紫光が収斂し、圧縮された力がアヤカの眼前で炸裂する。これ以上無いほど至近距離での爆発である。斑鳩セツナのレーザーが直撃したにも等しい一撃だ。有り余る破壊力はアヤカの身体を試合場の外まで吹き飛ばし、その意識を見事に奪い取っていた。また己も爆風の余波を受けて背から地面に叩き付けられたセシルだが、こちらは大きく息をひとつ吐いてからアンダースーツだけとなった身を起こし、健在であることを周囲に示す。勝負はここに決した。

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「何だよ今の!! どう見ても反則じゃねーか!!!」

官舎の中に怒号が響く。血気盛んな娘が目の前の椅子を蹴り飛ばし、感情のままに叫び声を上げた。

「一次裁定は……まあ教官の負けだよなこれ」

「気絶しちゃってるもんなあ。雨宮はまだ立ってるし」

「でも雨宮だって死に体判定されてもおかしくないんじゃないの? 途中で武器装甲全部剥がれてたよ」

「武器は持ってたじゃん。最後のアレ」

「だからそもそもアレがオーケーなのかっていう話で」

「いや待て、審議入った」

「二次裁定待ち?」

「そうなる」

「でもさあ……これ、どっちに転んでも別の意味で揉めない?」

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北方の官舎にてヴァルキリーの娘達が試合の結果を巡って議論を交わしているのと同じ頃、宝鏡メイは勝敗の裁定に苦慮する審判団からの質問に応じていた。

「ああ、見ておったよ。見解と言われてもな……出力規定を超過はしとらんのじゃろ? ……外部から力が流入した痕跡も無し? まあ見た限り全てのリソースを札に転化して撃っただけのようじゃしな。自爆攻撃というわけでもないしの。ならば問題はあるまい。違反はどこにもない。わらわの裁定は以上じゃ」

自分の意見を述べ、通信が切れたのを確認してからメイは黒電話の受話器を置いた。

「……となると契約は済ませていたということになるのう。龍殃の奴、隠しておったな。今度突っつくか」

呟きながら、脇に置いていた溶接機を手に取りマスクを被り、中断していた作業を再開する。

「そんなことよりも、どうしてわたしがこんなことを手伝わなくちゃいけないの……」

先程から黙々と旋盤の操作をさせられている神凪アイが抗議の声を上げる。

「そりゃーもちろん、改修が済んだらおぬし相手にテストするからに決まっとるではないか。雑魚相手にやってもしょうがないじゃろ」

「他の子じゃダメなの……」

「だってあやつら、わらわの言うこときかねーからのう……いちいちお仕置きするのも面倒じゃよ」

「いい迷惑……」

局地的な平和であった。

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「レギュレーション適合!? ふざけんな!!」

官舎の中に再度の怒号が響く。血気盛んな娘がアイスの当たり棒を床に叩き付け、激情赴くままに叫び声を上げた。

「あーあ……」

「まあ良かったんじゃない? これで確実に今年中の開戦はないよ」

「でもさあ……パイルバンカーだの持ち出さないとフレイムリリーには勝てないって事実の方がヤバいと思うんだけど」

「私達じゃ当てられないよね」

「教官以外は無理だよあんなの……当てたってだけでも凄いわ」

「あー、終わった終わった。色々と終わった! もし開戦になったらあたしは死んだ!」

「だからそれはないって」

「西部戦線に配置換えしてもらえば生き残れるかもよ?」

「そっちの方がやだよ! 柏木とエンカウントしたら必ず死ぬじゃねーか!」

「なんかもう手詰まりだよねうちの国」

「昼寝でもしようかな……」

激闘による熱気が去り、不快な暑さだけが残された中で、重い雰囲気が娘達を包み込んだ。