夢ソフト

■ School life ? (12)

「宇宙からぶん投げた重量物にお前が取り付く。押して誘導する。柏木に当てる。これで行こう」

「できるわけねえだろ姉御! 頼むからもうちょっとマシな作戦を考えてくれよ!」

                               ――石動カズサと八重坂ミリア

 

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エレナの両腕が青白い炎を纏って発光する。それはエレナの駆るフレイムリリーが近接攻撃の踏み込みを開始したことの証であった。

(そこから来るの!?)

迫るエレナを迎撃せんとライフルを発射した直後、青いフレイムリリーは己の行動がまたしても誤りだったことを悟った。もし目論み通りに事が運べば走行中の敵は真正面からの一撃を食らって仰け反るか転倒した筈である。だが、最早それは望めない。近接攻撃の動作を起こしたヴァルキリーは瞬間的に防御力が跳ね上がるのだ。正確には四肢や手にした武器で敵を粉砕すべく一時的に全能力を増強するため、結果として防御力も上昇するだけではあるのだが、故にヴァルキリーの近接攻撃は最高の防御手段として機能する場合も多く、今が正にその状況であった。無論、そのようなヴァルキリーの性質については基本中の基本として青いフレイムリリーも心得てはいた。しかし敵が踏み込みを開始した距離は事前に予測していた地点よりも遙かに遠い。まさかエレナの装備するフレイムリリーがそこまで間合いが広いとは思ってもいなかったのだ。それはやむを得ないことではある。エレナが装備するアームユニットはつい先日に完成品が仕上がったばかりであり、その性能を実際に把握しているのは使用者であるエレナや開発に携わったスタッフ達くらいであろう。だがヴァルキリーであれば能力が判らぬ敵と戦わされるなど日常茶飯事だ。敵の打つ手を読み切れぬ者が敗れるのは至極当然の事である。

エレナの身体が青いフレイムリリーの放ったエネルギー弾と真正面から激突する。衝撃と共に青い濃密な粒子が爆発するように弾け飛ぶが、エレナは全く速度を落とすことなく踏み込みを継続していた。とはいえ苦痛はある。衝突の瞬間にエレナが感じたのは五体の中身が内側から攪拌される如きの痛みであった。歯を食いしばり備えていなければ根元から意識を刈り飛ばされていたのではないかと思う程である。撃たれると判っていたからこそ耐えられたのだ。

(わっかりやすすぎでしょあんた!!!!)

エレナとしては半ば呆れんばかりである。相手は意識の隙を衝かれることで接近を許したというのに、この期に及んでも同じような失敗をしたのだ。もし青いフレイムリリーがエレナを撃つことで状況を打開したかったのであれば、フェイクの一つか二つでも入れれば良かったのだ。後方へと跳躍して退がる準備動作のようにでも見せ掛けて、膝を畳んでやや腰を沈め、自然な形でライフルの銃口を僅かに下げ、視線をエレナの顔へと保つ一方で、足元を狙って撃ちでもすれば、エレナはそれこそ青いフレイムリリーに飛び掛かるくらいしか選択肢は無かっただろう。近接攻撃を開始して防御力が上昇しても足元を狙われたのであれば少々面倒なことになる。ところが青いフレイムリリーが実際に何をしたかといえば、追い詰められた表情を露骨に表し、かくなる上は撃つしか無いという短絡的な決意と共に最も無難な場所を狙って撃ってきたのだ。ここまで判りやすいのでは防いでくれと言っているも同然であった。

互いの距離が更に詰まる。最早両者の接触は不可避である。それは赤いフレイムリリー、美澤エレナにとっては待ち望んだ瞬間の到来であり、そして青いフレイムリリーにとっては悪夢の始まりだ。先手を取るのは間違い無くエレナの方であろう。青いフレイムリリーは未だに抜剣すらしておらず、両の手はライフルを保持したままだ。既に拳を構えており歩幅の取り方次第で殴るタイミングを選べるエレナには初手の一撃を一方的に叩き込める優位がある。静止状態から眼にも留まらぬ速度で刃を抜き打ち、突進してくる敵を一振りで制するという卓抜した離れ業が青いフレイムリリーに可能ならば話は別だが、そんな技量があればそもそも最初から白兵戦を避けようとはしないであろう。

(防ぐしかッ!)

青いフレイムリリーが手にしたライフルで胸元を守るように防御の姿勢を取る。それは無難な対処である。こうなってはとにもかくにも最初の一撃を凌ぎきることが肝心だ。メインウェポンを犠牲にしてでも敵の突撃を防ぎ、然る後に抜剣し、そこから先は流れ次第だ。そのまま白兵戦を続けるか、あるいは隙を衝いて近接状態から離脱するかは敵の技量を見極めてから判断することになろう。

(せめて足を斬り付けることでもできれば……)

それは青いフレイムリリーにしては冴えた思い付きであった。高威力の近接攻撃で敵の脚部かあるいはブースターに損傷でも与えれば機動力を一気に削ぐことが可能である。それが叶えば近接状態からの離脱も容易いものとなり、その後も圧倒的な主導権を握ることが出来るだろう。主兵装のライフルを失ったとしても予備の武装をゆっくりと取り出してから好きなように仕留められるのだ。今の状況からでも逆転に至る道筋は明確に存在するのである。

(……………足…………………?)

だが、その考えに及んだ瞬間、青いフレイムリリーの背筋を悪寒が駆け抜けた。そう、足を潰せれば勝負は付くのだ。いや、違う、そうではなく、それ以前に、何かを見落としている。そもそも敵は、殴ってくるのだろうか……?

青いフレイムリリーは気付くのが僅かに遅かった。右腕を引いて思い切り殴り掛かる体勢に入っていたエレナは、青いフレイムリリーとの接触まであと一歩というところで不自然に右足を浮かせていた。

(まさか)

砲弾にも等しい拳の一撃は、来るであろうと思っていた瞬間にも放たれることがなかった。代わりに飛んできたものは、青いフレイムリリーの脚部に破滅的なダメージを与えるのに充分な威力を乗せたローキックである。この期に及んでも詐術であった。美澤エレナはいかにも腕で上半身を攻撃するように見せ掛けて、無防備な足元を狙いに行ったのだ。しかしエレナとて踏み込みを始めた当初は足を使うつもりなど無かったのだ。真正面から全力でぶん殴る予定だったのだ。ところが青いフレイムリリーはまたしても判りやすい防御をしたのである。殴ってくると頭から決め付けライフルを構えられては殴る気も失せるというものだ。だから蹴った。視線は接触の瞬間まで青いフレイムリリーの顔から外さぬまま、足元など決して一瞥することなく、しかし実際にはその脚部を狙ったのだ。

(終わった…………………)

最早他に言葉もない。青いフレイムリリーは自分が死に体となったことを理解した。自分は足を蹴られて横倒しつつある。一体これ以上どうしろというのか。転倒しながら抜剣して苦し紛れに斬り付ける? もう無駄だ。取り返しが付かない。それを実行しようにも、相手が追撃を加える方が遙かに早い。現に自分の目の前には迫る青白い拳が見える。恐らくは自分を右脚で蹴った敵が、次いで放った左腕での拳撃だ。顔を背けた程度では避けることはできないだろう。

そしてエレナのフィニッシュブローを顔面で受けた瞬間、青いフレイムリリーの視界は暗転し、意識もまた同様に吹き飛んでいった。