夢ソフト

■ School life ? (13)

「やめてー……わたし広いところダメぇー……明るいのもやなのぉー……」

「だーから今日は試合だっつってんじゃろうがよ諦めて仕度せんかこのアホ!」

                               ――逢坂コハク、外出拒否風景

 

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「ハッタリとフェイクばかりでよくもまあ上手く切り抜けたものですね……」

「相手がバカで助かったな」

勝負は付いた。青いフレイムリリーはエレナの鉄拳を顔面に浴びて意識を喪失し、今や地面に倒れ伏している。片やエレナは試合が終わったものの果たしてこれからどうすればいいのかと所在なさげに頭を掻いていた。

『美澤』

『え、あ、はい?』

田中が通信でフィールド上のエレナに呼び掛ける。唐突に声を掛けられたエレナは一瞬戸惑いの色を見せたが、直ぐに誰かの呼び出しかを把握して応じた。

『よくやった。今日の予定はこれで終わりだ。このまま現地解散とする』

『さいですか………』

それだけ伝えると田中は観戦していた場所から踵を返して建物の中へと消えていき、南雲がその後を追って続く。

「現地解散といっても……このあたり何か交通機関ありましたっけ?」

「あるわけ無いだろ」

「ですよねえ」

エレナや田中達が現在居るのは大戦期を境に放棄された都市であり、現在では専ら軍やヴァルキリーの演習に使われ、一般人は立ち入り禁止の区域である。当然、真っ当な交通機関など存在しない。無人車両を呼び寄せようにも民生品のナビゲーションシステムでは対応範囲外との応答を返されるだけだ。

「山を幾つか越えるぐらいヴァルキリーなら何の問題もないだろう?」

「来た時と同じようにきちんと面倒見てあげればいいじゃないですか」

「一人で地図を見て目立たないように帰ってくるのも訓練の内だ」

「なんかそのうち海のど真ん中にでも放り出しそうですね」

「やるに決まってるだろ。通信無し、支援無し、現在地情報も無い状態で絶海から何事もなく静かに帰還できてこそ一人前だ」

「いや、それができるヴァルキリーってあまりいないと思いますよ……」

 

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(相っ変わらずのぶん投げね……)

毎度毎度似たようなことが続けば慣れもする。バスも鉄道も走っていない場所から一人で帰れと言われたところで今更途方に暮れたりなどしないエレナであった。

(あっちの子はどういう扱いをされてるのかしら?)

やや離れたところに視線を送れば、そこでは先程の模擬戦で鉄拳を叩き込んだ青いフレイムリリーが今も気を失ったままのびていた。気絶した少女は担架に乗せられ、その周りを医療班を含んだ真州軍のスタッフ達が取り囲んでいる。ふと彼らの内一人と目が合ったが、相手は視界に入ったエレナに対して胡散臭いものを見るような表情を浮かべていた。

(あーはいはい、そういうのにも慣れてきましたよ、っと……)

全ての事情を一から十まで把握しているわけではないが、自分はいつの間にかこの国のヴァルキリーとしては異質な存在と見なされているようだった。それもこれも全ては自分を育成するスタッフ達のせいらしい。エレナとしてはとばっちりもいいところである。

そうして暫く遠巻きに眺めていると、大型ヘリのローター音が競技場とその周囲に鳴り響く。どうやら青いフレイムリリー達を迎えに来た輸送機のようだった。おそらく彼らはその機体に乗り込んで自分たちの拠点へと帰るのだろう。

(まあいっか。あたしも帰ろ……)

知覚野に地図を大きく広げて寮までの帰り道を確かめる。どうやら寮からそこまで極端に離れているわけでもないらしい。エレナにはまだヴァルキリーとしての全力飛行が許可されていないため多少の時間は掛かりそうだが、日が暮れるまでに帰ることは出来そうだった。

 

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「それで真面目なところ、美澤さんはどうですかね」

エレナが帰りのルートを確認している頃、既に田中と南雲は車での帰途についていた。その車内で交わされる会話の内容といえば、当然のことながら今日の模擬戦を戦ったエレナの評価である。

「現状、基礎能力は下の中がいいところだろう。要するに並のルーキーと何ら変わらん。さっきの試合はそこを度胸と戦術で無理矢理補ったに過ぎん。今のままヴァルフォースに突っ込んでもランク外だろうよ」

「でも来月の法廷戦には美澤さんをねじ込むんですよね?」

「そうだ。だから急いで引き上げる必要がある。明日からは可能な限り雨宮の仕事を減らして教育させる」

「割に合いますかね、それ」

「合うさ。他の連中も悪くはないが、実際に誰がトップランカーを狙えるレベルまで育つかといえば……今日の様子を見た限りでは美澤が最有力候補だろうな」

「つまり美澤さんで大きく稼ぐ、と」

「当たり前だ。俺達がしているのは慈善事業でも公共事業でもない。歴とした営利事業だよ」

「たまにそのことを忘れそうになりますけどね」

「俺も忘れそうになる。だからこうして時々は口に出して思い出すわけだ」

それは紛う事なき事実の一端だった。田中達は真州政府と契約を結んだ組織のメンバーであり、主な仕事はヴァルキリーの育成だ。そして報酬は固定分よりもヴァルフォースの試合結果での成果分に依るところが極めて大きい。もし国家の興廃を左右する一戦を制しでもすれば得られる金額はそれこそ莫大なものとなり、彼らは過去にも様々な雇われ先でのビッグマッチで勝利を呼び込んでは相当な荒稼ぎを重ねている。それはヴァルキリーの成長類型や、異能の種類からその獲得手段など、ヴァルキリーの運用実績に乏しい国々では到底得られぬ、あるいはメガコーポでも易々とは知り得ぬノウハウを有しているからこその成果である。かの七姉妹の生存者を戴く彼らは、人間によって構成された組織としてはほぼ先頭グループに近い位置からこの世の深淵を覗いていた。

「というわけで俺達が太く長く稼ぐ為には真州に実際に戦争をされても困るわけだが……」

「そっちの見通しはあまり良くないですからねえ。今年の重要な試合に勝ち続けても今の政権が保つかどうか」

「まあ、なるようにしかならんか」

「ですねえ。……ところで仮に状況が詰んだ時に誰かを”持ち逃げ”する可能性ってあります?」

「あるに決まっているだろ。火事場泥棒も俺達の得意技だ」

「その場合、美澤さんは?」

「一人で生き抜ける素質がある奴は連れて行かん。それがルールだ。忘れたか?」

「たまに忘れそうになりますよ」

「他のことはたまに忘れてもいいが、ルールを忘れるのは禁止だ。わかったか?」

「はあーい……」