夢ソフト

■ meeting(1)

「それではお仕置きタイムの時間ですよ? 弱者は蹂躙されるのみなのです」

                               ――周防ミルファ

 

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「時間ね。始めるわよ」

室内に並ぶ椅子の一つに座した水蓮アザミは会議の開始を宣言した。

「室長」

「……何?」

「私と室長の二人しか居ませんが」

他に参加者はいないのかと、アザミの斜向かいに座る高天原ハルカは素朴な疑問を口にする。那岐島エレクトロニクス本社ジオフロント、その奥部に設けられた会議室の内一つ。たった二人で話し合いをするにはこの空間はあまりにも広すぎた。

「それでいいのよ」

「ですか」

表情に出す程ではなかったがハルカとしては意外なことだった。何故ならばハルカは、そして那岐島は、つい昨日に行わたヴァルフォースで大敗を喫したばかりだからである。対戦した相手は軌道の法廷が擁するオービタル・カルテットの一人であり、その試合内容は無惨の一語に尽きた。何せ有効打の一つすら与えることができなかったという有様だ。故にハルカは今日この場で関係者を集めての検討会か、あるいは偉い方々による吊し上げでも行われるのだろうかと思っていたのだ。いや、実はその予定だったのかもしれない。それが土壇場で取り止めとなり、この部屋の扱いが宙に浮いたというのも有り得る話ではあった。

「では、私と室長の二人だけで、一体どんなお話を?」

「そうね、早速本題に入りましょうか」

ハルカにとってアザミは直属の上司であり、ルーキーの頃から常に公私に渡って面倒を見てくれた相手である。だからといって双方とも必要以上に親密になろうとは考えず、実際にその通りの距離感を保っていたが、余計な警戒が不要な間柄とは言えた。それだけに本題に入ると言ったアザミが僅かに腰を動かして姿勢を整えたあたり、これから始まる話し合いはどうやら真剣なものであろうことをハルカは察した。

「それじゃ質問。昨日みたいな相手には、どうすれば勝てると思う?」

「……大雑把にですが、機体の性能が今の五割増しくらいあれば勝てるんじゃないですか?」

アザミの唐突な問い掛けに対してハルカは間を置かずに即答した。投げやりにでもなく、諦めた風もなく、与えられた問題に正面から向かい合った上で口を衝いて出た回答だった。

 

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ヴァルキリーを引退してから七年余、アザミは自分が待ち望んだ少女がようやく現れたことを悟った。これまでの数年間にも幾度か同じような質問を重ねてきた。那岐島のヴァルキリーが、未来視を初めとした超級の異能を駆使する少女達に惨敗する度に、敗北した当人達に勝利の見込みを尋ねたのだ。しかし得られる回答は常にアザミを失望させた。誰もが戦意を叩き折られ、現実的な勝利の可能性に言及することが無かったからだ。勝ち目はないと嘆くのみか、あるいは完全に思考を放棄した回答ばかりを聞かされたのだ。

ハルカの回答とて荒唐無稽には違いない。機体の性能五割増しとは都合が良すぎるにも程が有る。那岐島だけが他所を出し抜きそんな恵まれた機体の開発に成功する可能性など皆無に近い。だが、彼我の実力を勘案した上でそれを達成すれば勝てるという条件を設定し、大真面目に回答しただけでも他の少女達に比べて天と地ほどの開きがあった。

「素晴らしい回答よ。十点ね」

「何点満点で?」

「もちろん百点満点で」

「それはまた厳しい。となると一体どこが素晴らしいんですかね?」

「今までは白紙回答とか零点しかいなかったのよ」

「なるほど」

「貴女も同じならここで話し合いは打ち切ってはい解散と言ってたところだけど、そうではなかったので続けます」

「何を?」

「怪物退治の話を」

「対策会議であれば分析官の方々でも交えて行う方が有意義な気もしますが」

「今回は不要よ。何せこれは那岐島史上初めての、未来視を持ったヴァルキリーに叩きのめされた経験を持った者同士による検討会だから。素人は邪魔なの。少なくとも今の段階ではね」

「……今まで機会なかったんですか? ここ数年だけでも軌道の娘達に負けたのは私以外にも何人かいたような」

「さっき言ったでしょ。今までは白紙回答とか零点しかいなかった、って。そんな子たちを相手にしても時間の無駄よ」

「はあ。とりあえず事情は飲み込めましたので進めてください」

「そうね。まずは貴女の感想から聞かせなさい」

「昨日の試合の?」

「ええ」

「そうですね……」

ハルカは試合の記憶を出来る限り鮮明に回想する。対戦相手は神凪アイという名の少女だった。公称年齢は十二歳。思春期前後の娘ばかりな素質者達の中にあってもなお若年のヴァルキリーだが、その実力は正に怪物と称するのに相応しいものだった。射撃の精度といい、近接攻撃の威力といい、あらゆる要素が並のヴァルキリーを遙かに凌ぐ水準に達していた。だがハルカにしても今や那岐島のエース格と見なされる実力者だ。ヴァルキリーとしての基礎的な能力に関して言えばそこまで絶望的な差があったとは思えない。また機体に関しての話ならば、神凪アイは法廷仕様にフルチューンされたネメシスを用いていたが、ハルカの側も製造メーカー自らが最適化を施した同機種を装備していた。つまりハード面でも大きな差は無かったと言える。しかしそれでも一方的な敗北という結末を迎えたのだ。ハルカは自らに可能な限りの戦術を尽くして神凪に抗ったが、攻撃と防御の両面において、決定的な場面では必ず神凪が主導権を握った。どれだけ神凪に追い込みを掛けようが最後の一手は回避され、神凪の攻撃を確かに回避したと思ってもまるで最初からハルカの逃げる先が判っているかのように見事に弾を置かれていた。

「絶対に当たり牌の出ない麻雀をしていた感じですかね? いい形は作れるんですが、そこから先がないというか」

「もうちょっとマシな喩えはないの」

「あくまで感想ですし?」

「……まあ言いたいことは解るからいいけど」

「地力の差についてはそこまで悲観するものではなかったと思いますよ。相手が本気だったのであれば、ですが。でも結局は肝心なところで狙いを全部外された。これが噂の超抜異能かと途中からうんざりしましたね」

「さっき勝つには機体の性能五割増しと貴女は答えたけどその根拠は?」

「根拠と言えるほどのものはないですね。あくまで体感ですよ。相手にこちらの手が丸見えだろうと問答無用で攻撃を当てたり避けたりするにはそれくらいの差が必要になるのではと」

「でも悲しいかなそんな機体が造れるかというと……」

「無茶がありますよね。だから十点なんでしょう?」

「そうよ。でも最初はそれでもいいの。ここから更に高得点を取れる回答を作っていくのが今後の仕事だから」

「常時五割増しが厳しいなら短時間だけでもその性能に達する機体で畳み掛けるとか?」

「いいんじゃない。十一点ね」

「問題点としては平時の性能を百とした場合、使用者の身体に掛かる負荷の基準値を下げる必要があることですかね。そうでなければ百五十まで引き上げた瞬間に負荷も同様の数値になって使い手の方が壊れますよねえ」

「問題なんて挙げればきりがないのよね。例えば実際に都合良く短時間だけ性能が大きく引き上げられる機体を作ったとしましょうか? だけどそのシステムの実現が簡単すぎるとすぐに模倣されるのは確実よ」

「そうなったら片方が性能引き上げた瞬間にもう片方が同じことをしておしまい、と」

「そういうことね。未来視というふざけた異能を恒久的に無力化する手段には成り得ないわ。ただ、それでも模倣されるまでの間は圧倒的に有利よ。もっと大きな枠組みで話をする場合は、その一時的な優勢をどう利用するかということになるわね」

「短期間の間で試合に勝ちまくって高らかに社歌でも歌いますか」

「好きにすれば?」