■ farewell ■
「つくづく貴様とは縁があるな、月影! ……ところで貴様はいつになったら引退するんだ」
――石動カズサ、搭乗機から拡声器で呼び掛け
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試合終了からしばらくして、試合場からヘリで運ばれ、待機所の敷地へと帰還したセシルが静かな足取りでタラップを降りる。そこにはセシルを出迎えようと、制服を着て待ち構えるエレナの姿があった。
「……お疲れ様でした」 「中で待っていれば良かったのに。砂っぽいでしょ、ここ」
二人が並んで歩き始める。セシルが相変わらず平然とした表情を浮かべているのと対照的に、エレナはやや緊張気味の面持ちだった。
「何か言いたいことでもあるのかしら?」 「…………」
言葉を受けてエレナの足が止まる。更に二、三歩を進んでからセシルもまた歩みを止めて、エレナの方へと振り返った。
「先輩は……何者なんですか」 「トカゲの手先。……の、なり損ないよ」 「それって、まさか」 「自分で調べてごらんなさい。あなたなら簡単なことよ。周りの大人達はあまりいい顔をしないでしょうけど」 「雨宮!!」
二人を監督する立場にあるスタッフが、セシルの言葉を遮って一喝する。
「ほら、こんな具合にね?」 「下らん冗談を言っている場合か……第一、本当に使う奴があるか!」
スーツを着た体格の良い男が続けてセシルを怒鳴りつけた。ミラーシェードに遮られて正確な表情を窺うことはできないが、口元と頬の具合だけでも充分に焦燥している様子が見て取れる。
「やらなければ負けてたじゃない」 「政治屋の言うことなど真に受ける必要は無いと言っただろう! ……とりあえずお前には明日から身を隠してもらう。学校の方も休学だ」 「それは嫌ねえ。ただでさえ出会いが少ないのに」 「そういうレベルの話か! 御所の出方次第では、最悪お前はいなくなる可能性もあるんだぞ!」 「ちょっとなにそれ! どういうことよ!」
蚊帳の外に置かれ掛けていたエレナだが、今の言葉は聞き逃せないとばかりに男へと食って掛かる。
「美澤は黙っていろ!」 「きゃっ……!」
男が襟元を掴んだエレナを大きく腕で払う。ヴァルキリーの娘達は民間人や身内のスタッフに対して力の行使を原則として禁じられている。ただの少女でしかないエレナはあっさりと押し退けられて尻餅をついた。
「はいはい、あまりヒートアップしないの」
セシルが男とエレナの間に割って入り、それまでよとばかりに両手を広げて二人を制する。
「ま……そういうわけだからしばらく留守にするわ。部屋にある私の荷物はそのままにしても、捨てちゃっても、どっちでもいいわよ」 「先輩!?」 「行きましょう」 「……ああ」
地面に座り込んだままのエレナを残し、セシルが男と共に滑走路上で待機していた輸送機の方へと向かっていく。
「待ってください、せんぱ……!」 「美澤はこっちだこっち」 「ちょ……離しなさいよバカ! スケベ!」
立ち上がり、セシルを追って駆け出そうとしたエレナの腕を別のスタッフが掴んで制止する。エレナも抗議の声を上げるが、それですんなりと離してくれるわけもなかった。
「変なとこなんか触ってないだろうが……あんまり手間をかけさせないでくれよ」 「この変態! ろくでなし!」 「いやだからな……」
エレナが性懲りもなく抵抗を続け、周囲のスタッフがこいつ実はとんでもないじゃじゃ馬だったのかと、今までのエレナに対する優等生としての認識を完全に捨て去った頃、セシルを乗せた輸送機は滑走路から離陸し何処かへと飛び去って行った。
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「まずかったかしらねえ……」 「当たり前だろう」
離陸した輸送機の中で男を相手にセシルが自問するように呟く。
「そっちじゃなくてエレナの方よ」 「美澤がどうかしたのか」 「これでエレナが反抗期をこじらせすぎちゃってもやだなー、って」 「お前の方から焚き付けておいて今更どの口が言うんだ……」
男が深く溜息を吐く。
「……お前の判断が正しいのは認める。実際に開戦となればどこかで軌道の法廷が武力調停に乗り出してくることは確実だ」 「ええ。今のオービタル・クインテットは史上最強だもの。一度は派手に使ってみたいでしょうし」 「使ってみたい、か……それで巻き込まれる方はたまらんな」 「それはそれとしてエレナのことはよろしく頼んだわよ。地味だけど間違い無く伸びしろはある子だから、上手く育ててあげて」 「元からそれが仕事だからな。うちの育成チームは必ずエースを輩出してきた。美澤だってそうなる」 「大した自信じゃない」 「さっきの美澤の暴れぶりを見て多分みんな内心では喜んでいるぞ。多少は手の掛かる奴の方が面白みは増すからな」 「あのねぇ……面白半分でやらないでくれる?」 「お前が言うな」 「私はいつだって大真面目よ」
輸送機の小さな窓越しにセシルが空を眺める。先行きがどうなるかは判らないが、自由が少ないという点では今までの暮らしと今後でも大した差はないだろう。ならば丁度良い休暇の機会だとセシルは気楽に考えることにした。 |