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■ Maid of honor ■

「ああマリア様! 危のうございます! あああおあああひぃいいいー!!」

「……誰か侍従長を落ち着かせろ。この調子だとまた倒れるぞ」

                            ――六堂マリアの従者達、試合を見守り

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美澤エレナを地平線の先まで吹き飛ばし、試合を終えた六堂マリアはひとつ息を吐いてから地を蹴り軽やかに跳躍した。小さな身体が高く高く舞い上がり、もはや跳躍というよりは飛翔と言える勢いで空を滑る。そのまましばらく飛行し、稜線を二つ越えた辺りで今度は緩やかに地面へと向かって降下する。そしてマリアが着陸した先の草原では、一人の女性がマリアを待ち受けていた。

「お疲れ様でした、マリア様」

待ち受けていた女性が目の前へと降り立ったマリアに恭しく頭を下げる。女性の姿はマリアのように肌の露出はないものの、白地に金刺繍が施された長衣を纏っており、一見してマリアの関係者と窺い知れるものであった。

「……疲れてなんかいませんよ?」

「ええ、わかっております。あの程度でマリア様がお疲れになるとは全く思っておりませんが、そう言ってお迎えするのが様式美というものです」

「そういうものなのですか」

「そういうものです。……で、お怪我はございませんか?」

「……怪我なんてしていませんよ?」

「ええ、わかっております。マリア様が怪我をするなどとは全く思っておりませんが、念のため」

「面倒なものなのですね」

「ですが必要なことなのですよ」

そこまで言葉を交わしたところでマリアが何かに気づいた風にきょろきょろと周りを見渡した。

「どうかされましたか」

「……ばあや達はどこへ行ったのでしょう?」

「ああ……」

試合に向かう前には何人か居た筈の従者達の姿が揃って見えないことにマリアが疑問を投げかける。その言葉を聞いてマリアと相対する女性は面倒そうに顔を顰めた。

「侍従長は発作を起こして倒れました。邪魔でしたので他の者達に命じて先ほど連れて帰らせたところです」

「……どうして倒れちゃったのでしょう」

「マリア様が蹴りを受けそうになったのを見て叫び声を上げ、そのまま泡を吹いてバタンと」

「あらあら、まあまあ。無事なのでしょうか」

「ご心配には及びません。よくあることですので」

「よくあるのですか」

「マリア様が目にされていないだけで、今までにも何度か」

表情一つ変えることなくノープロブレムとばかりに軽く手を上げる。

「でも、私も驚きました。気付いたらあの赤い人が目の前にいて、このまま蹴られるんじゃないかと……」

「そうですか。それはさぞ恐ろしかったことでしょう」

「……なんというお名前なのですか?」

「あの赤い娘のことですか?」

「ええ」

「……あれが猪です。危険ですから今後は一切近づいてはなりませんよ」

「まあ、あれが」

特に仰々しいものではなかったが、普段から暢気なマリアにとっては最上級のリアクションで驚きの意を示す。

「正確には美澤エレナという特に凶暴なクリーチャーの一種です。猪にも色々とありますので」

「そんなに詳しいなんて……やっぱりスバルは物知りですね」

「それほどでもありません」

「スバルは色々なことを教えてくれるから大好きです。……ばあやは何を聞いても、私がそんなことを知る必要はないって言って教えてくれないんですよ?」

「………それも、また、正しいのです。侍従長には侍従長なりのお考えがあるのでしょう」

「……?」

スバルと呼ばれた女性は、内心の苦々しさを表に出さぬよう努めて答えた。

「そろそろ我々も帰還しましょう。マリア様はお一人でいつも通り――」

突如、それまで無表情を保っていた女性の顔つきが険しいものとなり、射るような視線を遠くへと走らせる。

「――失礼」

目にも留まらぬ俊敏さで女性が片手を上げて横に向ける。腕が上がる一瞬の間に、長衣の袖口から現れた大振りな拳銃が女性の掌に滑り込み、鼓膜に突き刺さるような轟音が立て続けに鳴り響く。大口径の拳銃でありながらフルオートで弾丸を吐き出す剣呑な凶気の反動を気にする様子もなく、指切りで二度、三度とバーストさせ、遠くの茂みに隠れた複数の標的へと鉛弾の雨を叩き込んだ。

「お騒がせしました」

表情を再び静かなものへと変えて腕を下ろす。先程まで手に握られていた拳銃もいつの間にか長衣の中へと収まり、何事も無かったような佇まいで女性がマリアの方に向き直った。

「どうしたのでしょう」

「覗き魔がおりましたので」

「まあ。……何かいるとは思っていましたが、のぞき魔さんというものだったのですか」

「正確には外部に信号を漏らさない自閉型のバイオドローンです。擬装もそれなりに巧妙なようで気付くのが遅れました。申し訳ございません」

「のぞき魔さんとは複雑なものなのですね」

「ええ。ちなみに最近のトレンドは小型化です」

「小さいことはいいことなのでしょうか」

「時と場合によります。私は覗き魔の残骸を片付けてから帰りますので、マリア様は先にお戻りください」

「わかりました。……今すぐ戻っても構わないのですか?」

「今は誰も見てはおりませんので、どうぞ」

「それでは先に戻らせて頂きますね。スバルさんもお気をつけて……」

マリアが瞳を閉じると、背後の六枚羽がばらりと散ってマリアの身体を取り囲む。間もなくマリアと羽の姿が風景の中へと融け込むように薄いものとなり、何処かへの転移を果たして行った。