夢ソフト

■ teamwork ■

「そりゃあもちろん知られたらまずいさ。けど、夢は共有したほうがいいだろう?」

                ――黒羽博士、黒羽ナガレとの会話にて

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空調の効いた小さな部屋で二人の女性が長机の端に向い合って座っている。一人は黒いスーツを着込んだ隙のない姿をした黒羽ナガレである。その真向かいに座るのは、ナガレと同年代と思しき、サンダルに丈の短いスカート、そして珍妙な動物柄のシャツというラフな格好の上に白衣を羽織った女性だった。

「ナガレさーん」

「……何よ」

「次の試合のこと、何か考えてます?」

そこまで言ってから女性は机の上に置いていた残り少ないジュースを手に取る。口紅が塗られていない生の色の唇でストローの先を啄み、直後、吸い上げられる液体と氷がガボボボボボと聞き苦しい音を立てた。

「ミサキ………私の前でそういうみっともないことしないでと言っているでしょう」

「すいませーん。いやほら、わたしはバリッバリの庶民育ちですから! お嬢とは違うのです!」

「別に面倒なマナーを要求してるわけでもないでしょ。あと、お嬢もやめて」

「すみませんでした、姐さん!」

「……もういいわ」

ナガレが諦めたような顔で大きく息を吐く。どうせ真面目に抗議しても己の振る舞いを直そうとするような娘でもないことは、この数年の付き合いで十二分に承知していたからだ。

「で……何か考えてます?」

脱線した話の筋を戻してから娘が更にナガレに問いかける。

「考えてないわよ、何も。相手はまだまだひよっ子よ。普通にやれば勝てるでしょ」

憮然とした表情でナガレが答える。ナガレが次にヴァルフォースの舞台で戦う予定となっているのは、真州連合共和国の美澤エレナであった。

「いけませんねー、そんな甘い、甘い、あまーい考えは! 油断とかしてると負けちゃいますよ? コロっと」

普通にやれば勝てる。甘い考えだと負ける。両者の言葉はいずれも実現の可能性が充分にあるものだった。美澤ナガレはヴァルフォースに登場してからまだ一年にも満たず、ナガレのキャリアを考慮すれば易々と負けるような相手ではない。しかしバランスの悪い旧世代機を用いるナガレと異なり、美澤エレナは評判高き新鋭機のフレイムリリーを装備している。両者の間にハードの差は歴然として存在し、またナガレは一つの強打で致命傷を負いかねない機体を使用している以上、番狂わせが起きることも大いに考えられた。更に付け加えるのであれば負けて失うものが多いのはナガレの方である。機体の存在意義を常に厳しく問われ続けているナガレにとって、ここで新鋭機やキャリアの浅い新人に敗れるなど決してあってはならない事態なのだ。

「じゃあどうしろって言うのよあなたは」

負けるというストレートな物言いをされてナガレが少々不機嫌そうに眉をひそめた。だが、ミサキと呼ばれる少女はナガレの不機嫌オーラにも全く動じることもなく、にへらと笑みを浮かべ、ガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。

「作戦会議です! すぐに用意しますのでちょっと待っててくださいね」

「勝手にしなさいよ……」

再びため息をついたナガレの周りをミサキがぱたぱたと動きまわる。部屋の隅に置かれていたキャスター付きの大きなホワイトボードを引きずり、丁度よい場所へと移動させて準備を整えたミサキは、白衣の胸ポケットに掛けていた伊達眼鏡を取り出してすちゃりと装着した。

「あなた、ほんっとそういうの好きよね」

「オールドスタイルもいいものですよ? だいたいガソリン車を乗り回しているナガレさんだって同じ穴のムジナじゃないですか」

ナガレの言葉はミサキが用意したホワイトボードに対してであった。電子機器が著しく進歩した現代にあって、こんなアナログな道具など使う者の方が遥かに珍しい。事実、ホワイトボードがある場所など、現在ナガレ達がいるブランデルエアロスペース社の研究棟においてはこの部屋くらいのものだった。勿論、ミサキの私物である。

ホワイトボードの上でミサキがこれまた胸ポケットから取り出したペンを滑らせる。板上には瞬く間に二頭身で可愛げのあるナガレらしきものと、八等身で火を噴く原人の簡素なシンボルが描かれた。

「できましたー!」

「はいはい良く描けていますこと」

「それじゃ、ここからは真面目にいきましょう」

「そうね」

言葉と表情を一致させて真面目な顔つきとなったミサキの姿を前にして、ナガレも自ずと真剣な表情となる。ミサキが真面目にと言った後は必ずや有益な話が出てくることをナガレも承知していた。逆に言えば普段は愚にもつかぬ話ばかりなので聞き流すに限るということでもあるのだが。

爽涼ミサキ。旧黒羽研究室最年少のスタッフ。脳味噌の回り具合では研究室内でも黒羽博士に次ぐと言われ、飛び級に飛び級を重ねた末に若きヴァルキリー技術者として黒羽研究室に出入りしていた少女である。特筆すべきはヴァルキリーとしての経歴も有しており、ローティーンの頃に適性が発現してからは更科グループの下でヴァルフォースにも参加した経験があるという点だ。

ヴァルフォースに登場するや連戦連勝を重ね、十年に一人の大型新人として将来を大いに期待されたが、彼女のヴァルキリー適性は僅か一年で終わりを迎えた。現役期間中のランキング最高位は第七位であり、これは史上最速のスピード出世だった。ミサキはまさに流星のように現れては一瞬で消え去ったのである。

巡りは良いものの使い道の無い頭を持て余し、将来の進路を決めかねていた彼女は、ヴァルキリーとしての活動期間中に黒羽博士と知り合ったことを切っ掛けとして、引退後はヴァルキリー技術者を志したという経緯がある。そのため黒羽博士が遺したコアや研究への思い入れはナガレに劣らず並々ならぬものがあった。かようにヴァルキリーとその機体というものを充分に熟知しており、また信頼できる同志でもあるミサキのアドバイスとあってはナガレも耳を傾けぬわけにはいかないのであった。

「まず、あの美澤エレナには弱点があります! 百二十パーセント勝てます!」

「いきなりそれ!?」

開口一番、そこを突けば勝てる! とばかりに大きな声で自信満々に言い放ったミサキにさすがのナガレも少々面食らう。

「結論は最初に! ハカセもよく言っておりました!」

「そのせいで皆苦労したんだけどね……誰も兄さんの突飛な結論を理解できなかったし」

「ハカセはキチガ……じゃなかった、真の天才でしたからねー」

「まあ……そうね」

「一を調べて十を知り、十を知っては百の仮説を立て、百の仮説の中から一の真実をひょいっとつまみ上げるあの手際。まさに変な電波を受信しているキジルシの所業でありました!」

大きな声で語るミサキが伊達眼鏡越しに遠くを見るような目付きとなる。

「今は兄さんの話はいいから先に進めてちょうだい。それで弱点って何よ」

「ああ、んー、ええとですねー、あの子には根本的にひよりグセがあるんですよ」

「ひよりグセ……?」

「今までの戦いを見てもらえば凄くわかりやすいんですけど」

ミサキが意識のみでウェアラブルデバイスを制御し、命令信号を受信した部屋に備え付けの機器が中空に立体映像を作り出す。そこに映しだされたものは美澤エレナが繰り広げた試合の数々だった。

「どの試合も一見ではスムーズに迷いなく動いているように見えます。それこそ新人だとは思えないくらいに。けれどもそれは、どうやって攻めるか、どうやって守るかを、予め考えに考えぬいているからなんですよ。ぶっちゃけ昔の私と同じタイプです。なのでそのことはよーくわかります」

「その考える努力も結構バカにならないのによくやるわね……」

「決定的なのは初戦の対神凪戦です。新人が神凪アイの未来視なんかに対抗できるわけがないのに、あの子はそれにある程度は耐えていた。神凪の連携って意外と単調なところもありますから、どんな角度で槍を降るかの予測を絞れていればギリギリで意識を飛ばされない程度には浅く受けられます」

「ボコボコね、これ……」

「じゃあ、どんな時にあの子のひよりグセが出るかといえば、今までに例がない攻撃をされた時です。こういう時はわかりやすく相手の出方を見る消極的な動きをしてますから。なのでそこを狙って潰します」

「それはいいとしても、出方を見ているということは守りを固めているということでしょ。口にするのも癪だけどフレイムリリーに隙なんてなかなかないわ。守勢に回ったあの機体をどうやって追い込むわけ?」

もっともな疑問であった。相手が消極的になったからといって闇雲に攻め、それだけで勝てれば何も苦労はしないのだ。だがナガレの疑問を受けたミサキは待ってましたとばかりの表情で、その場で一回転して白衣の裾を翻らせ、人差し指を立てた右手を天井に向けて高く掲げた。

「使いましょう、流星落としを!」

「流星落としって……まさか、あれ?」

「そうです。あれは相手が受け身なほど効きますから。あの子がひよっている内にバンバン仕込んで、落ちてきたところで一気に仕留めます」

「まあ実現すれば確かに上手くいきそうではあるけど……」

「でしょう?」

「でも無理よ。撃ち出す数は増やせるかもしれないけれど、狙ったところに落とせないのでは意味がないわ。どだいあの技は未完成なのよ。残念だけどそのプランは無しね」

ナガレが軽く首を振って否定の意を示す。

「だったら完成させればいいじゃないですか」

何を諦める必要がある? と言わんばかりの声音と顔付きでミサキが応じる。

「冗談は嫌いよ。あなたにもわかっている筈でしょう。大規模な流星落としは無理なのよ。だって――」

「機体の方ができるようになっていないから、ですよね?」

「……そうよ」

ナガレが歯噛みする。パーシャルエクリプスが精密に制御できるレーザーの数は、ヴァルフォースでの出力制限下では六本まで。それが設計上の限界なのだ。ただレーザーを上空に撃ち放ち、既定の角度で落とすだけならば問題はないが、試合場を高速で機動する敵機に当てるとなるとまた話は別であった。

「しますよ。できるように。今から。ナウ!」

「馬鹿も休み休み言いなさい。試合まであと五日よ? できるわけがないでしょ」

「できますもーん! チーフにはもうオーケーとーりまーしたー!」

「嘘はやめなさい。そんな突貫作業が許されるとか何の冗談よ?」

「ほんとうでーっす! さっき『おねがいですぅチーフぅ〜、みんなで血を吐いて徹夜しましょうよぉ〜』って腕に抱きついたら『気持ち悪いからやめろ。つうかてめえのぺったんこな胸を押し付けられても嬉しくともなんともねえ』ってわたしの尊厳を踏みにじりながらオーケーしてくーれまーしたー!」

「まったくあの人は……」

ナガレが俯き加減に呆れた表情で眉間を揉む。

「でもダメよ。たとえチーフがオーケーしてもそんな無謀なことは私が許可しないわ。五日じゃ必要な作業量から逆算してもできる見込みがないもの」

「ところがどっこい、こんなこともあろうかと!」

ミサキが再びその場で一回転し、今度はエレナの試合の映像が映し出されていた場所を指さすと、試合の映像と入れ替わりに何かの図面らしきものが浮かび上がった。

「制御用の追加モジュールは既に大半が出来上がっています。あとは残りの部分を仕上げて組み込むだけです。今日中にモジュールを完成させて、組み込みと調整で三日、残りの一日で最終テストをして、五日目には美澤エレナを叩きのめしましょう!」

「……いつの間に作ったのよ、これ」

ナガレの眼前に提示されたものは一朝一夕でそう簡単に構築できるものではない。仮にミサキが作ったのだとすれば、一体どこにそんな時間があったのかと疑うしかない代物だ。

「なんか使えるものがないかなーってアーカイブをごそごそしてたら、丁度いいものが転がってましたので」

「ということは……もしかして元は兄さんの設計?」

「正解です! ここまで手直しするのには苦労しましたよホント。意味不明のコメントや覚え書きだらけでハカセはやはり変な人だったんだなあと再認識しました! 『ミラクル重要』とか『弄ったらカタストロフ』くらいまではまだわかるんですが『ここでジャッジメント執行、跳ね飛んだ首は残された力で瞬きをして最後の役目を果たす』とかもう何がなんだか」

「まあ兄さんらしいといえば兄さんらしいわね」

「で……シミュレーションの結果だと、理屈はよくわかりませんが動きます。どうやって根本的な制限を回避して誘導制御数を増やしているのかはまーったくわかりませんでしたが! 私がしたことは、これが本来VCtK01コアのためのモジュールだったのを、今の六発機でも使えるようにしただけです」

「なるほどね。確かにここまで出来ているのであれば数日で間に合わせることも可能かしら」

「でしょう? ただ、一つだけ問題がありまして……」

それまで威勢の良かったミサキが声のトーンをやや落とした。

「当たり前といえば当たり前の話ですが、美澤エレナを確実に仕留めるためには最低でも三十発くらいは一度に出したいところです。ですが……その……」

「私のことは考えなくてもいいわよ。やってみせるわ、それくらい。できるようにしてくれるというのなら、やるだけよ。それで確実に勝てるのであれば是非もないわね」

言うほど容易いものではないが、ナガレは事も無げに答えた。実際に敢行した時に掛かる負担を思えば多少は気が重くもなるが、今のナガレにとって確実な勝利よりも欲しいものなどありはしないのだ。

「作業を許可するわ。やりなさい」

ナガレが背もたれに体重を預け、椅子を軽く軋ませながら毅然とした口調で命令した。

「いいんですか!?」

「ええ。第二種分類の改造だからナンバーナインへの説明義務も出てくるけど……そちらは私の方でなんとかするわ。明日までには承認を取ってくるわよ」

「よしっ!」

両手で力強くガッツポーズを作ったミサキがその場で小さくジャンプする。

「それじゃあすぐに作業を始めますから! みんなには私から伝えておきます!」

「はいはい。さっさと行きなさい」

ナガレが言い終わらない内に駆け出したミサキが、部屋の自動扉が開くのを待つのすらもどかしいといった様子で勢い良く外に出る。

「チーフー! チィーフー! お嬢がオーケーしましたよおおおおお! これでみんな徹夜でーす! ざーまぁーみろー!」

廊下を駆け抜けながら大きな声で叫ぶミサキの声が徐々に遠ざかっていき、間もなく近くの大部屋から野太いどよめき声が上がった。おそらくミサキを通じてチーフ以下その他のスタッフにナガレの意向が伝わったのだろう。

「それにしても……」

ナガレが椅子をぐるりと回してホワイトボードの方に身体を向ける。そこには二頭身のナガレと八等身の美澤エレナらしきものが描かれてからは何も書き込みがされていなかった。

「何の意味もなかったわね、この小道具」

呆れ顔とも微笑ともつかない表情で、ナガレは一人呟いた。

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そして五日後、美澤エレナは頭上から降り注ぐレーザーの雨の中を逃げ惑い、動きを固められた挙句、急接近してきたナガレのビームクローによる唐竹割りの一撃を浴び、いいところ一つもなく敗北した。